赤井が死んで生まれる話(未完)



 赤井が死んだ。僕がそれを聞いたのは、秋。雲1つない青空に、暑いくらいの太陽が照りつける日だった。
 嘘だろうという言葉を飲み込んだのは、あまりにも目の前で風見が深刻な顔をしていたからだった。つい先日、こいつの結婚式に行った時には世界で一番幸せだと言わんばかりに嫁さんの横でへらへら笑っていたくせに、今はどうだ。いい年の男がしていい表情じゃない。
 なぁ風見、お前は知らないかもしれないが、赤井秀一って男はそう簡単に死ぬような男じゃないんだ。誰に聞いたか知らないが、赤井秀一、だろう?死ぬわけないじゃないか。
「そうか、分かった」
 色々思うことはあったが、俺の口からはたったその二言だけがでた。それにまた風見がくしゃりと顔を歪めたが、それ以上に話すこともないような気がして俺はその場を立ち去った。

 するとどうだろう。
 いつの間にか俺は真っ黒な喪服を着て赤井秀一の葬式に出ていた。棺の中で目を閉じる赤井の顔の半分は真っ白な布に覆われていた。なんだったかな、爆発に巻き込まれて、むちゃくちゃになった、だったかな。
 おいおい、芸が細かいな。思った。
 しかし、しくしくと泣く赤井の家族や参列者には流石に何も言うことはできなかった。皆どうした、赤井だぞ。死ぬわけないじゃないか。
 棺の中に花を入れるときに、そっと真っ白な顔を手の甲で撫でてみた。ぞっとするほどに冷たく、こんなに身体が冷えていたら死んでしまう、そう思った。
 棺の蓋が釘で打ち付けられ、出棺するとき、霊柩車がぷーーっとクラクションを鳴らした。その音を聞いて、1度は涙が収まっていた者達の瞳から再び大粒の涙が零れーーーあれ、もしかして、赤井はもう死んだのか、なんて考えたりして。
 何故か工藤優作さんに、「君は火葬場まで彼を送ってくるといい」なんて言われて、本来家族しか行かないような火葬場にも行った。
 厚い扉の向こうに赤井が入った棺が入れられ、スタッフが何かを言いながらスイッチを押した。焼かれているらしい。
 さっきあまりにも冷たかったし、火を炊くとちょっとくらいは温まるだろう。よかったな。
 未だに悲しみにくれている赤井の家族と一緒にいるのはどうにも居心地が悪く、火葬場のロビーを出て外に出た。
 この日も天気がよく、空には雲ひとつない。今は技術が進歩したかなにかで、火葬場でも煙がでないようになっているらしい。空に上ることもないそれは、一体どこで処理されているのだろうか。
 どれだけぼぅっとしていたか分からないが、赤井の弟が「焼き終わった」と言いに外に出てきた。焼き終わった、焼き終わったらしい。
 目をはらした弟についていくと、赤井が入っていたはずのそこには、白く、ぼろぼろになった骨だけが入っていた。あまりにも頼りないそれは、果たしてあの赤井秀一の一部なんだろうか。とても信じられない。
 気づくと、俺はその一部をそっとポケットに入れていた。赤井の母親はそれに気付いたようだったが、特に何も言われなかったのでいいのだろう。

 家に、帰って来た。
 ポケットには、赤井の一部らしいものが入っていた。
 赤井の一部は、葬式で触れたぞっとするほど冷たい肌よりも、なんだか熱があるような気がした。俺の体温で温まったのだろうか、それとも、火葬場の熱で?

 赤井秀一らしいそれを俺はDNA鑑定に出した。
 99%の確率で赤井秀一らしい。

 へえ、赤井は死んだのか。

 そうして俺は、なんとなくその時に話が出ていた上司の娘と結婚した。
 すぐに子供ができ、二人でベビー用品なんかを揃えているうちに嫁の腹はみるみるでかくなり、そうして、無事に我が子はこの世に生を受けた。

 名前は、秀一にした。



 秀一が生まれて、自分で言うのもなんだが、俺はいい父親にはなれなかった。なぜなら、秀一は肌こそ妻に似て白かったが、髪が俺に似て色素の薄い金色だったからだ。
 秀一と言う名の癖に金の髪であるその子供が、どこか不完全な…出来損ないのような気がしたのだ。
 妻は大層喜んだ、あなたの美しい髪と同じだ、と。そう言われると、もし秀一が黒い髪だったとしても、それは妻の黒髪を引き継いだということになるのだろうか、と考えると、どこか吐き気がしそうだった。
 秀一は、どうしても秀一にはなれないのか、と。
 俺はほとんど家に帰ることはなくなった、そして、腹が膨れていた頃にあんなに幸せそうに笑っていた妻は日に日にやつれていった。たまに家に帰ると、妻は俺の好物ばかりを机に並べ、秀一の成長を「報告」するようになった。
 3ヶ月と16日で首が座った。5ヶ月と1日で寝返りをうった。7ヶ月と20日でハイハイ…そうして、1才と1ヶ月で少し歩けるようになった。そこで妻からの報告は終わった。どうやら、この家に「父親」の存在は必要なくなったようだ。
 俺は、妻から生活に不自由しないだけの金を家に入れるだけの存在として認識されるようになったのだ。
 妻は、非常にいい女であり、いい母親だった。俺が家庭を大切にすることもなく、ただ思い付いたかのようにふらりと寝に帰るだけだとしても、家に帰ったときは俺を労い、しっかりと休息をとらせてくれた。
 気まぐれに秀一の顔を覗きに行くと、秀一は俺になつくこともなく(当然だ、生まれてから一緒に過ごした時間などほとんどないのだから)大泣きしていたが、そんな時も妻は苦笑いをしながら秀一をあやし、俺が秀一の頭を撫でる姿を微笑ましそうに見つめることはあった。
 だが、俺はその時でも秀一の父親ではなかった。
 妻にとって俺は、もてなすべきゲストかなにかだったのだろう。その証拠に、秀一の子育てについての相談や家事や子育ての協力を求められたことがなかったのだ。
 だから、妻の異変にも気付くのが遅れた。
 妻は病気を患っていた。日に日に細くなる身体に、止まらない咳。秀一は驚くほどに栄養たっぷりな美味しい食事をとっているというのに、妻はほとんど食事もとっていなかった。
 そして、俺が気づいた時には、もう取り返しのつかないところだった。
 妻は最後に俺にこう言った。
「秀一を、愛を知らない子だけにはしないで。私の愛した秀一、秀一は愛されて生まれてきたのだと、それだけは…」
 そうして妻は息を引き取った。秀一は、5才の時だった。
 
 母親が死んだ。その時に俺が思ったのは、強い母だった、という事で、この母から生まれてこれたことを誇りに思い、そして幸せに感じた。
 年端もいかない俺を置いていく母の無念は如何程かは想像もできないが、俺がこの後の人生も、幸せに、そして立派に健康に大きくなることだけが、母にできる恩返しだと、そう思うしかなかった。
 そんなことを思うのは、俺、降谷秀一5才。信じられないかもしれないが、前世の赤井秀一として生きていた記憶がある。
 最初は、単純に降谷秀一として生まれ、今の母と、たまに帰ってくる父の息子として、普通に生きていた。父は俺をあまり好きではないらしく、あまり目を合わせたり抱き上げたりはしてくれないが、唯一、俺が他の子よりも優れているようなことをすると目を細めて嬉しそうにすることだけは分かっていた。
 だから、俺は子供ながらに頑張った。父に褒めてもらうため、よくやったと声をかけてもらって、抱き上げて、頭を撫でてもらうため、一生懸命母の手伝いもしたし、本も読んだ。字の練習もした。そしてある時、滅多に帰ってこない父の前で、覚えたばかりの自分の名前を書いて見せたとき、俺は唐突に赤井秀一としての記憶を思い出したのだ。
「そうか…お前も、左利きなのか」
 父がーー降谷零がーーそう言って目を細めた姿を見て、俺は全てを思い出した。
 
 しばらくは混乱した。当然だ。赤井秀一として死んだ記憶はないが、降谷零としてこの世に生まれて記憶はある。3才の降谷秀一にとって、そのことは衝撃的なことだった。
 しかし、3才の降谷秀一であると同時に40目前の赤井秀一でもあった俺は、比較的早くにそのことを受け入れた。
 そうか、俺が死んだあとに、降谷君は家庭をもって幸せにやっていたのか、と。それは、若くして死んだ赤井秀一にとって、救いとなるべき事実だったのだ。
 多くの人を悲しませ、先立つあの感覚は、どうしようもない恐怖だったのだ。
 
 しかしながら、俺は母には疑いようもなく愛されていたが、父には愛されているとは言えない状態だった。
 赤井秀一である記憶を持ちながらも、3才でもあった俺にとって、父からの愛は喉から手が出るほどに手にいれたいものだった。だから、記憶が戻ってからも、俺は色々と努力した。
 本も沢山読んだし、英語の勉強だってした。記憶が戻ると同時に知識も戻ってくればよかったのに、そう簡単なものではないのか、記憶はあれど知識は3才児のそれだったのだ。
 だから、母の異変には気づけなかった。気づくだけの知識がまだ無かったのだ。
 無知とは、罪だ。5才になっていた俺は、記憶を取り戻した、あの3才の頃の俺とちっとも変わっていなかったのだ。
 
 そうして、母は死んだ。
 沢山の人を残して死ぬ無念を俺は知っているが、まだ幼い我が子を残して死ぬ苦しみは想像もできなかった。

2019.1.9
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