赤井のち〇こが釣り竿になる話



 ある朝目覚めると自分のちんこが釣竿になっていた。それはもう、どこからどう見ても正真正銘の釣竿であり、釣竿以外の何物でもなかった。何がどうなってこうなったのかは皆目検討がつかないが、ナニが釣竿になったことだけは分かった。頭がどれほど混乱していようと、視覚が釣竿を暴力的に認識させる。世の中にはこれほどまでに不条理な暴力があるものなのかと、赤井は少しばかり悲しい気持ちになった。
 さて、赤井の釣竿についてだが、釣竿になってしまったものは仕方がない。少なくとも赤井はこれからコレが元に戻る(であろう)日まで、股間から釣竿をぶら下げて生活しなければいけない。そうなると、自然と排泄問題が浮上してくるわけだが、ここには詳しくは書かないでおこう。ただ、「ほぉー…なるほどな」とトイレで自分の釣竿に語りかけたことだけは言っておこうと思う。
 そして、排泄問題と共に浮上したのが、降谷君問題だ。一応彼とは俗に言う恋人という関係性なのだが、恋人のアレが釣竿になったことは、まぁ、どちらかと言うと報告義務があるだろう。万が一そういう雰囲気になった時に、パンツから急に釣竿が出てきたら驚かせてしまうだろうから、事前に伝えておくのはマナーだろう。
 丁度、今晩久しぶりに降谷がこの家に来ることになっている。その時に伝えよう。そうだ、そうしよう。
 そうして赤井は釣竿をパンツに納め、いつもの黒いズボンに足を通した。釣竿のカエシの部分がパンツに引っ掛からないように少しばかり気を使ったが、なんとかなりそうで一安心だ。



「見てくれ。釣竿になったんだ」
「ほんとですね。でも、今となってはそれをどこかに突っ込む機会も無いんだし、別に支障ないんじゃないですか?」
 あまりにも人の心が感じられない恋人からの一言に、俺はあまりにもショックを受けた。酷い、酷すぎる。よくもまぁちんこが釣竿になった人間に対してそんな非人道的な言葉がかけられるなと赤井は憤りすら覚えた。
 ならお前は俺に釣り上げられた男だとすぐ分かるように今すぐこの釣竿をお前の口に突っ込んで一生口から釣竿を生やしてやろうかとすら思った。
 しかし、赤井は非人道的な人間ではなかったので思い止まった。降谷と違い常識的で人の心が分かる人間なので恋人の口に鋭いカエシのある釣り針をねじ込むことをしなかった。俺の優しさに泣いて感謝しろ。
 そうして思い出した。赤井にはちんこが釣竿になった時に、排泄問題と共に射精問題を考えていたことを。
 排泄問題は解決した、しかし、なんと言っても釣竿だ。排泄と同じ方法で吐精するとは限らないではないか。
「そうだな。君のおかげでこの釣竿を誰かに突っ込んで傷つける心配がないな」
「ま、まあ、俺のおかげで…と言われると気恥ずかしいですけど…」
「そうだ、君という恋人のおかげだ。だから、責任もって俺をイかせてくれ」
「は…?」
 ちなみに言うと、俺は後ろだけではいけない身体だ。つまり、俺をイかせるには、彼がこの釣竿を持ちその手でしごく必要があると言うことだ。
 愛しい男を性的に満足させるのは恋人の義務だ。パートナーと別れる原因の上位に性の不一致が常にランクインするのが良い証拠だろう。
「さあ、早くイかてくれ」
 ずいっと腰を前に出し、恋人に釣竿を差し出すと、ここで初めて彼がオドッとした顔をした。可能ならばその顔を、俺が釣竿を初めて見せた瞬間に見たかった。まぁ、非人道的な彼にそれを求めるのは酷と言うものかもしれないが。
「…本気で言っているんですか」
「おいおい、股間丸出しの人間がジョークなんて言うと思うか?」
 この台詞は自分で言いながら、むしろ股関丸出しの人間が発する言葉はすべてジョークである方が救いがあるような気もしたが、そこは気付かないことにした。
「さあ」
 ずい、とさらに俺の釣竿を彼に近付けると、彼はまた少しばかり視線をさ迷わせたあと、何か強い決心をしたかのような顔をして俺の釣竿を見つめた。
「…………いいでしょう。いきます」
 ごくり。喉がなった。
 どちらが息を飲んだのか、分からなかった。

 ぐっ、と、彼が釣竿を握った。そしてその瞬間、赤井の脳内には荒れ狂う太平洋が見えた。
 この男……できる。これは、おそらく400キロオーバーの大物だ。最悪の天候で日本随一の漁師と数時間戦って勝利を納めた伝説の本マグロ。歴戦の漁師を引退に追い込んだ魔物…………赤井の本能がそう告げていた。
これは、油断すると一瞬で持っていかれる。押し寄せる波のように、強い引きの時はこちらの力を抑え、相手に疲れが見えたその好きに手繰り寄せる。これはもはや前戯などではない、やるかやられるかの勝負だ。

 波がーー荒れてきた。

 船はもはやどちらが上でどちらが下かも分からないほどに揺さぶられている。背よりも高く上がった飛沫が頬を濡らし、まるで海が上から降ってきているような感覚になる。
舟を波が叩きつける。足元が揺らぐ。だが、この釣竿だけは離してはいけない、離すわけにはいかない。
 こんな大物には二度と出会えないかもしれない。いや、長い人生、これ以上の大物にだって出会うことはあるだろう。
 ただ、こいつを逃したら一生後悔する。それだけは確実だった。
 竿がしなった。ああ、そうだ。きっとそうだろう。俺も相手も体力の限界だ、きっとこれが最後の一勝負になる。
 激しく、つらい戦いだ。寒くて苦しい。竿を持つ手は等の昔に間隔なんて無い。痛い、もうやめてしまいたいーーーーだが、どうしようもなく楽しい。
 こんな時間は経験したことがない。
「うっ」
 思わず声が漏れた。深海で魔物が笑った気がして、再び気合いを入れ直す。
 負けるわけには、いかないのだ。負けるわけには、負けたくない、こいつにだけはーーッッ!!

「…イきました、ね」
「……………………ああ」
「身体はツラくないですか?」
「ああ…………」

 赤井には、晴れ渡った青空が見えていた。透き通る海に広がる水平線、空と海の境が明確に溶け合うような景色に、手には、折れた釣竿があった。
 ああ、なんて晴れやかな気持ちだろう。
 勝負には、負けた。だが、あまりにも清々しい気分だ。
「ありがとう…………やはり、君でよかった」
「あ、あかい…」
 彼の手は、ぐっしょりと濡れていた。先程までの激しい戦いを物語るように滴り落ちるそれを見ながら、赤井は自分の釣竿を撫でた。

2020.10.13
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -