ふんわり丸くて優しい目覚め♀
何かの音で目が覚めた。
よく聞いたことのあるような、それでいて、ベッドの中で聞くには少々不自然なその音は、チュン チュンと私の頭の上から聞こえてくる。
まだ少し眠っていたい。そう思って眉間に皺を寄せてみるが、決してうるさいと言う程ではないその音は、私を眠りの淵から引き上げるには十分だった。止まることなくチュン チュン チチチと断続的に鳴り続くそれが次第に私の身体を覚醒へと導く。…ああ、もう、仕方がない。
そうして、重いまぶたをゆるゆると持ち上げると、眩しい光と共に、その音源が目に入ってきた。
「すずめ」
チュン チュンと鳴って…鳴いていたのは、丸々とした一匹の雀だった。
よほど良いものを食べているのか、丸々したそれは、茶色のふわふわとした羽毛を膨らませながら楽しそうに私の枕元をチッチと跳ね回っていた。
一体どこからーーーそう考える前に、私の頭はこれが夢であることを理解する。
あまりにも丸くて可愛らしい雀が、少し前に買い換えた高反発の大きな枕の上で唄っている。自分の夢ではあるが、なんとファンタジーな夢だろうと少し笑ってしまう。こんな夢、今まで見たことはない。
そんなことを考えている間にも、雀はチッチと鳴きながらぴよぴよと尻尾を振ってみたり、ピョンと跳ねてベッドの上の目覚ましに飛び乗ってみたりして遊んでいる。もしもの時の為にと置いてある銃をクチバシでチョンとつついては、こてんと首を傾げて不思議そうにしていたので、何かあっては危ないと手を伸ばした。
「これはお前には似合わないから触ってはいけないよ」
雀から銃を取り上げて枕の下にすっと差し込むと、その時になって自分が何の服も着ていないことに気がついた。
手を伸ばしたときに布団から出したその腕は、何故だか傷一つないサラリとしたものだったのだ。FBIになる前にヘマをしてつけてしまった、肘の上から肩にかけての大きな傷跡が綺麗になくなっている。
これが夢で、この腕が無意識の内に自分が理想としている形なのだとしたら皮肉なものだ。
私は、女でありながらも傷だらけで、筋肉が隆々とした自分の身体が好きなのだ。傷一つ一つが私の生き様で…生きた証であり、たくましい身体だって、何かを守る為に必要なものだ。だから、私は自分の身体が好きだった。
だと言うのに、今の私の身体はふにゃりとした柔らかい肉に、傷一つなく、透き通るような白い肌をしているのだ。
「…嫌、だなぁ。」
まるで自分の誇りを汚されたような気分になり、こんな夢からはすぐに目を覚ましたいと思った。
頭の中で、起きろ、起きろよ、と何度も念じて本当の意味で覚醒しようとしていると、チュン!と一際大きな鳴き声が耳の横で聞こえた。
「なん……っわ!」
すると、真ん丸の雀は私の頭に突進してきて、グリグリと髪の毛をかき分けて頭にすり寄ってきた。
チチチ、と言いながら頭をグリグリしてくる雀は、やっと顔を上げたと思ったら、いたずらに髪の毛を一束くわえて引っ張ってくる。
「いてて、なんだ、どうしたんだ急に。」
それからも私の髪でしばらく遊んだそれは、チッと鳴きながら羽ばたいて、私のおでこに着地する。そして、チチッと言って私の鼻先に優しくクチバシを落とした。
硬くて鋭いはずのクチバシだが、私の鼻に当たったそれはまったく痛みを感じさせることはなくて、まるでーーー。
「ははっ、なんだ、キスでもしてくれているのか?」
チュン、と一鳴きしたそれは私の問いに返事をしてくれているように聞こえて、思わず頬が緩む。
それから、何度もチッ チッと私の顔にキスを繰り返す雀があまりにも愛しくて、思わず手を伸ばした。
逃げないかな?なんて今更なことを考えながら雀の身体に触れてみると、ふわふわした羽毛が滑らかで、とても暖かかった。恐る恐る撫でてみると、雀は私の手をすんなりと受け入れてくれて、心なしか気持ち良さそうな顔をしているように見えた。
なでなでと何度か撫でると、スリッとすりってきてくれたときには、なんだか心を開いてくれたような気がして嬉しくなる。
雀の方も、今度は私の手にチッチとキスを落としてくれるようになり、どこかくすぐったい。
「君は、可愛いなぁ。」
そう言って、お返しと言わんばかりに私も雀の額に優しくキスを落とすべく身体を起こそうとするとーーー。
「…………なんだ」
驚いたように飛んでしまった雀は、また私の頭の上に着地してグリグリと髪の毛で遊びだした。
逃げていってしまわなかったのはいいが、キスさせてくれなかったことに少しむっとする。自分から来るのはいいが、相手から近づいてこられるのは嫌らしい。
チュン チュンと朝から騒がしいことと言い、こっちの都合もお構い無しにガンガン近づいてくる割に警戒心が強いことと言い、なんだか、よく知った男に似ているような気がする雀だ。
チュン!
どこか誇らしげな顔をして鳴く雀にキスをすることは諦めて、もう一度撫でるために手を伸ばす。
赤井は、その時の自分の腕が傷だらけの元の腕に戻っていることは気が付かなかったが、赤井の指先が雀に触れる少し前。赤井の意識は急激に引き上げられた。
「わ、……すみません、起こしちゃいました?」
「ふるやくん…?」
雀を撫でるために上げた腕は、何故かガシッと褐色の手を掴んでいた。
夢から目覚めたばかりでぼうっとしながら掴んだ腕をゆるゆると撫でてみると、降谷君がクスクスと困ったように笑った。
「くすぐったいですよ。」
そう言いながらも私の手を振りほどこうとしない彼は、眩しそうに目を細めて柔らかく笑って私を見つめていた。そして、彼の身体がむくりと起き上がると、チッと軽い音を立てて鼻先にキスを落とされた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
太陽のように暖かい笑顔と、頭に置かれた大きな手に、夢の中で楽しそうに跳ね回っていた雀を思い出してーーー。
「なんだ、君か……。」
少しだけガッカリしてしまった私に罪はないはずだ。
なんだ、雀だと思っていたのはただの降谷君か。なんだ、あの雀は丸々として柔らかくて優しくて可愛くて、もう少しあの雀と遊んでいたかったのに……。
降谷君とはいつでも会えるが、あんなに可愛らしい夢なんて次にいつ見れるか分からない。もう少し寝ておけばよかった。
そんなことを考えてハァと大きなため息をついた私は降谷君の顔がピシリと固まったのを見てはいなかった。
ただ、掴んでいたはずの彼の手がいつの間にか外されており、逆に腕を掴み返されてベッドに縫い付けられた時、ようやく彼の顔を見て…。
「へぇーーーー、一体、誰なら良かったんですかね…。」
なんて、まったく笑ってない笑顔で私の上に乗り上げる彼を見て、自分の失言について気づいたのだった。
…やっぱり、雀の方が百倍可愛い…!!
2018.6.23