それは願望か、懇願か



 俺の下には、右目の下に大きな火傷の跡がある赤井秀一の姿があった。赤井の腹に馬乗りになった俺は、白い赤井の首筋に自分の褐色の指を絡めてギリギリと力を入れていた。
 アイツの喉仏がゴクリと動くのを指で感じ、ゾワゾワとしたなんとも言えない感覚が脚元から頭までせり上がってくる。

 夢だ。

 それは分かっていた。だが、俺の指は力を弛めることはできそうになかった。何を考えているのか、首を絞められていると言うのに余裕の表情を崩さない男に吐き気がしそうな程に苛立った。
 ギリギリと首の柔らかい所に両方の親指を埋めていくと、ある一点を境に赤井の眉間に深い皺ができた。そして、赤井はゆっくりと口を開く。

「本当にいいのか。」

 本当に、いいのか?むしろ駄目な理由とはなんだ。俺がコイツを殺して死体の一つでもジンの前に持って行ってやれば、バーボンは組織のさらに根幹まで入りこむことができるだろう。むざむざスコッチを殺した仇だってうてる。僕の日本で目ざわりに動くFBI共に対する牽制になるかもしれない。
 俺が赤井を殺すことに、メリットはあってもデメリットなどないではないか、なのに目の前のコイツは一体何を言っているのだろう。

「今更命乞いですか。赤井秀一ともあろう男が無様だな。」
「ふるや、」
「ふるや?ハハッ、死の間際で幻想でも見ているんですか?俺はバーボン、貴方もよくご存じでしょう。」
「ばー、ぼん」
「そう、俺はバーボン。組織を裏切った貴方を殺す。何もおかしいことはない。」

 ギュウ、とさらに力を入れると、はくはくと赤井の口が何度か動いた。離せとでも言っているのかもしれないし、それこそ、まだ無駄話を続けようとしているのかは分からないが、俺には赤井が何と言おうとしているかなんて関係の無い話だ。
 首を絞めるほどに、何故だがちょっとした息苦しさを感じたが、それに勝る高揚感が俺の全身を支配していた。
 赤井を殺す、殺す、殺す。赤井を殺して、俺は―――。

「本当に、いいのか。」

 苦悶に満ちた表情で、ついさっきまで声すら出せなかったはずの赤井が、妙にはっきりとまた同じ台詞を吐いた。俺は、その声があまりにも不快で、なぜかその場にあった銃を拾い上げて、銃口を赤井の胸に当てた。

「鬱陶しいな。うるさいお前には、こっちで一思いに殺してやった方がお似合いだったかもれないな。」
「本当にいいのか?俺を殺しても。」
「くどい。」

 そして、俺は躊躇い無く引き金を引き――――。



「―――ッ、う」

 飛び起きた。
 視界には、学生自体から使い古しているギターや、すこし焼けて痛んだ襖が目に入ってきて、いつもの自分の部屋であることを一瞬にして俺に理解させた。それと同時に、込み上げる嘔吐感に、俺はトイレに駆け込んだ。

「ぅ、ぉえ…、」

 吐きだすものはなく、胃液まじりの唾液をペッと便器の中に出しただけで、まったく気持ちはすっきりとすることはなかった。むしろ、便器に顔を突っ込んでいる間、さっきの夢が明確に俺の頭の中で思い起こされた。
 俺が引き金を引いた先にいたのは、―――俺の、降谷零の姿だった。
 スコッチと同じように胸から血を流し倒れる俺の後ろに、両手をポケットに入れて仁王立ちする赤井が立ち、呆然と拳銃を持つ俺にこう言うのだ。

「忠告はしたはずだ。」

 ドン!!っとトイレの壁を殴りつける。最低最悪の夢だ。
 唾液を吐いただけのトイレの水を一度流して、よろよろと立ち上がりキッチンへ向かう。食器棚から何の面白みもないガラスのコップを取り出すと、水道から水を入れてグイッと飲み込んだ。生ぬるい水道水はあまり気持ちのいいものではなかったが、飲む前よりは幾分かすっきりしたような気がした。

 バーボンとして赤井秀一を殺す。それは、間違ってなんていないはずだ。バーボンは犯罪組織の一員で、自分が組織でのし上がるためには、人を騙しもしたし、裏切ったりもしたし、それこそ、命を奪ったこともある。
 だから、俺は赤井を殺す大義名分はある。決して、私怨だけで…降谷零としての恨みだけで命を狙っているわけではない。そうであってはいけない。
 己の為に、己の欲の為に人の命を奪うなどということを、降谷零がするはずもない。してはならない。降谷零は、日本の為に、日本の国民の為に生きる男なのだ。そんな、自分の為だけに人を殺すなんて、ただの殺人鬼みたいなことをしていいはずがないのだ。……しかし。

「くそっ、赤井秀一、お前さえいなければ…!」

 ガンッ!と音を立ててガラスのコップをシンクに置いて、今度は思い切り水を出して両手に掬ってジャブジャブと顔を洗う。真っ白なスエットの襟元がじっとりと濡れ、前髪からはポタポタと水滴が落ちた。
 
 俺をバーボンでいさせてくれ。
 
 アイツを殺したいと願う俺はバーボンであるはずだ。そうでなければならない。ポタポタと水が滴るその瞳の奥には、薄暗い炎が宿っていた。
 赤井秀一を殺す。赤井秀一を殺すのはバーボンでなくてはならない。それ以外が赤井秀一を殺していいはずがない、赤井秀一がバーボン以外に殺されていいわけがない。

 シンクの下に引っ掛けてあったタオルを雑に引っ張り顔と髪を拭くと、それを肩にかけたまま寝室に戻りパソコンの電源を入れた。來葉峠のあの映像、もう何度見たかわからないそれをもう一度再生して、じっと見つめる。
 赤井は必ず生きている。生きている。必ず。
 
 だって、赤井を殺すのは 俺 以外であってはいけないのだから。

2018.7.3
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -