木吉鉄平
痛み分けは幸せの証拠
あっ…!
階段で足を踏み外す。手に持っていたボールペンが滑り落ちて、カシャンと音を立てた。
『…いっ…〜〜…!』
放課後の今、廊下には誰の影も見当たらない。聴こえる音と言えば、体育館にいるバスケ部員の掛け声くらいだ。
壁に手を掛けて立ち上がる。ズキン、と足首に痛みが走った。
っ…捻ったかな…。
幸いジャージは長く、足首までなら隠れる長さ。
落としたペンを拾ってから近くにあったトイレに入り、ポケットに入れていた緊急用のテープをいつもの手際で巻いていく。
…何もしないよりはマシだろう。
どうにか普通に歩けるくらいだ。
急いで体育館に戻ろうと歩き始めた。
「あら、名前、足…。」
何事もないように装っていた。しかし、さすがに"眼"を持つ彼女には無駄だったらしい。
…そりゃリコちゃんにはバレるよね。
丁度休憩中だったので、事情を話すために部室に入った。
「…それで足捻ったのね…。にしても階段から落ちるって…名前らしくないじゃない。」
『あ、ははは…。』
心底呆れてるのか、心底心配してくれてるのか、よくわからない。
『…あ、リコちゃん、木吉くんには言わないで!』
「なんでよ?」
『…弱いところなんて、見せたくないもの。』
「あんた……、わかったわ。」
彼女は何かを言いかけて、やめた。はぁ、と溜め息を吐きながらも了承してくれた。
木吉くんのことだから隠してもどうせバレるんだろうけど、彼の前では少しでも笑顔でいたい。
その私の気持ちを覚ったように呆れ気味な笑みを浮かべた彼女は言った。
「とりあえず、その顔を笑顔に変えてから出てきなさい。泣きそうな顔してたら、鉄平にバレるわよ。」
「悪い名前、ボールそっち行った!」
『あ、はーい。投げるよー。』
「サンキュっ!」
投げたボールは日向くんの手の中に収まった。
投げるときに少し力を入れたせいか、歩き出した途端、またもやズキンと痛んだ。熱を持っているのがわかり、一旦部室に戻る。
『……これは、』
危ないかもしれない。
テーピングを取った足首は、腫れてきている。ああ、真っ赤だ。
コールドスプレーをかけて、その上からもう一度テーピングをした。
ひんやりとした気持ちの良い感覚が足に伝わるが、痛みは収まらない。
それでも役目を全うするために、痛む足を気にしながら部室を出た。
「名前、どうかしたのか?」
『え?』
2度目の休憩中、いきなり伊月くんに話しかけられてドキリとした。
「いや、顔色悪いから…大丈夫?」
『うん、大丈夫。』
自然な笑顔をつくって答える。まあ、それが本当に自然に見えるかどうかなんて、実際にはわからないのだけれど。
木吉くんが私を見ていたのには、気づかないフリをした。
『あー…。』
痛い。ズキズキとしたどうしようもない痛みは、隠れたところで静かに増していく。
立っているのも辛くなってきて、今は座ってできるボール磨きをしている。
そろそろいいかと思い、立とうとしたとき、今までで一番であろう激痛が走った。蹲る。痛みは変わらないけれど怪我に手を触れるのは人間の自然な行動なのだろうか。
「名前!!」
聴こえたのは彼の声だった。瞬間、身体がふわりと浮き上がる。
「ちょっと我慢してくれ。」
横抱きで部室へと連れて行かれた。
パイプ椅子に下ろされ、彼は躊躇うことなく私の足首を剥き出しにした。
「っ……!」
その腫れ具合は目を逸らしたくなるほどだった。
『……ごめん……。』
「…名前は何に謝ってるんだ?」
『…怪我したこと…。』
「オレが怒ってるのはそこじゃない。なんで隠してたんだ?」
『…それは、っ…。』
「……オレが膝を痛めたときの嘘に、真っ先に気づいたのは名前と日向だった。」
『え…?』
「痛みは一人で背負っても転ぶだけだって、教えてくれたのは名前だろ?」
『あ……。』
真剣な目の中に灯る優しさが彼の発するひとつひとつに籠っている。それはおそらく、彼自身が優しいから。
「…オレは、好きな子のことはどんな些細な出来事でも知っておきたいんだ。だから、」
何かあったら言ってほしい。
その言葉に、自分も意図していない涙が流れた。
『…でも、弱いところなんて見せて、迷惑じゃ…?』
俯いて告げれば、私の身体を温もりが包んだ。
「迷惑なわけないだろ?名前の弱いところも含めて、名前が好きなんだから。」
流れた涙と一緒に、温もりも溶けた。
私あなたに想いを告げた日。
そして、幸せを知った日。
痛み分けは幸せの証拠
(誰かと痛みを共有すれば、)
(無くなった負担の分、幸せを感じる。)
木吉の過去も踏まえて書かせて頂きました。
この先の展開はご想像にお任せ致します…!
ありがとうございました。
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