花宮真
色褪せた栄光は
嫌な夢を見て飛び起きた。
動悸が激しい。
汗が体中を伝う。
目は冴えて、荒い息が自分の鼓膜を揺らす。
弱ったな。寝れそうにない。
そんな、真夜中。
明日は部活も学校も休み。
タイミングが悪すぎる。
これじゃあ気を紛らわせることもできない。
あぁ、ダメだ。
外に出よう。
しばらくうろうろしていると顔見知りに会った。
「…黒子、なにしてるんだ?」
「散歩ですよ…寝れなくて。木吉先輩こそなにしてるんですか?結構木吉先輩の家からここは遠いのに」
いつのまにか知らない場所、いや知ってるんだが普通は行かない場所に来ていたようだ。
多分、黒子の家の近く。
俺たち2人で無言で歩く。
人気の少ないところへ向かって。
やがて誰もいない小道になって。
俺たちは、もう一人発見した。
「花宮…?」
「…っ…お前ら!?何してんだよんなとこで!」
「お前こそ!」
グッと押し黙る花宮。言葉を探しているようだ。
やがて花宮は口を開いた。
「寝れねえんだよ。悪いか」
奇しくも…俺たち3人は同じ理由で出歩いていたようだ。
また、俺たちは無言になる。
静寂が俺たちを包む。
そんな空気を断ち切るように、黒子がそっと口をひらいた。
「寝れないんです。この頃うまく眠れないんです。嫌な夢ばかりを見て」
「…俺もだ。俺もそれで飛び起きた」
2人とも、これまた俺と同じ理由で、俺はつい
「奇遇だな2人とも…」
呟いた。
その瞬間お前もか、みたいに見つめてきて俺はコクンと頷いた。
「昔の夢を見たんです」
唐突に話し出した黒子は暗い目をしたから、きっと相当追い詰められてたんだろう。
「皆が強くなって強くなって、僕がパスを回せなくなって…皆の中から僕が消えていくんです。どんどん。どんどん。そして声もかけなくなって、ある日皆が話してるのを聞くんです。『黒子が居なくても勝てるだろ』って。愕然としましたよ。でも次の瞬間バスケ雑誌が出てくるんです。そこにはキセキの噂があって、隅っこに『幻の6人目』の話が書いてあったんです。僕は、何よりもそれがショックで。ここに居るのに…僕は…僕は幻なんかじゃ…居るか居ないか分からないやつなんかじゃない…!」
最後の方になると黒子は泣きそうになっていた。
そりゃそうだ。例え良い意味であっても幻なんて言われたいやつなんていないだろう。
「オメーもひでぇ目にあってきてんだな」
花宮が呟いた。
「俺はまた種類が違うけどな」
そう言って花宮も話し始めた。きっと花宮も誰かに聞いて欲しかったのだろう。
「俺は昔もやっぱりこんなんで、元の学校も元からそんな校風で、勝つためなら相手の怪我も厭わないってとこで、俺は結構自由にやってた。今吉さんもな。むしろ今吉さんのが好きにやってた。…まぁそこはいいとして。夢の中で俺はまたキセキに負けてんだ。で、そしたらさぁ皆から責められんだよ。すんごくさぁ『悪童は悪童だ』みたいな感じに自分たちのこと棚にあげて俺のこと責め続けんの。俺はなんにも出来なくて、なんにも言えなくて、結局惨めな気持ちのまま目が覚める。本当惨めだな俺って」
そこまで言って、花宮はそっと目を伏せた。
無言が続く。
しばらくして、2人の視線が俺に注がれているのに気づく。
話せ、ということなのだろう。
少し抵抗のある心とは裏腹に言葉はすんなり口から出てきた。
「俺も花宮と同じようなもんで、キセキに負けた後、仲間が言うんだ。『やっぱ天才には勝てない』って。『うちにそんなやつが居れば』って。誰も俺のことなんか見ずに言うんだ。それで声をかけようとしたら振り返って、こう言われるんだ。『居たのかよ、役立たず』っってさ。それで起きた」
また、静寂が訪れる。
ちょっとして花宮が口を開いた。
「なんつーか…皆キセキに取られた感じだよな。自分の功績ってやつも皆キセキの下地になる。皆キセキに分捕られる。キセキはこんな奴らにも勝って、キセキにはこんな噂もあって、みてぇな。なんか…ムカつくな」
「えぇ…ちょっと賛同します。僕だって確かにここに居る。あそこにも、キセキにも居て皆にパスを回してたのに…幻、なんて」
「そうだよな。無冠の五将だってキセキの対比のために名付けられたんだから…」
「ったく…だから嫌いなんだよ天才なんて。そうじゃない奴全部隠すし、中途半端にそうなれば…他のやつらに落とされそうになる」
俺は…俺はここで初めて花宮の言葉の中にキセキだけじゃなくて、自分自身も、無冠の五将という呼び名も含まれてることに気がついた。
「全部…取られちゃうんですよね、彼らに。どれだけ頑張ってもそれは彼らの強さの下地にしかならなくて…」
俺たちは、俺たちは好きでこう呼ばれている訳じゃない。
どう頑張ったところで結局俺たちはそう呼ばれ、キセキの下地にされていく。
「あ、満月」
黒子が空を見上げて呟いた。
見れば綺麗な綺麗な満月がそこにあった。
「彼らが太陽とするならば、僕らは月ですね」
「フハッ、なに言ってんだよ。俺たちはそんな大層なもんじゃねぇよ。太陽の光に隠れて見えない…昼間の星だ。あることは知ってるが誰も見えない見ようとしない、な」
俺たちを見下ろす満月は、憎たらしい程に綺麗で。
俺は苦しくて苦しくて。
呟いた。
「俺たちは…俺たちの作り上げた栄光を、二度と手に取ることは出来ないんだな」
色褪せた栄光は
(二度と手に取ることは叶わない)
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