木吉鉄平
信じ抜いたら、きっと

※陽泉戦直前。





「勝てるか……?」

試合前、前を行く苗字。
その腕を、俺は無意識に掴んでいた。

「木吉?」
「あ、や……何でもない」
「何でもあるだろお前。俺の腕掴んでんだから」

足を止め振り返った苗字は怪訝な顔だった。
急いで誤魔化すが、苗字には嘘は通じない。
俺の手に、苗字の手が重なる。男とは思えない、繊細で綺麗な手。大きすぎるぐらいの俺の手とは正反対だった。

「勝てるか、って……お前にしては珍しいこと言うな」
「……」
「勿論、弱音を吐くなって意味じゃねぇよ?」

俺の呟きは、苗字の鼓膜まで届いていたらしい。本当に驚いたような声がした。
こんなこと、ましてや試合前なんかに言っちゃいけないことぐらいわかってる。
でも、今回ばかりは不安で不安でならなかったんだ。


>「今日の相手、さ……紫原いるだろ?」
「……そうだな」
「中学の時、あいつに……勝てなくて」
「……うん」

恥ずかしい話、その時の敗戦がトラウマになっているんだ、俺は。本当に情けない。
苗字は、黙って聞いていてくれた。相槌以外は何も言わなかった。

「でもさ、俺達には今年しかないだろ……?だから……」

俺が紫原に勝つことは、誠凛が勝つための必須条件の一つ。
だから俺は、いつも以上に頑張らなきゃいけないのだと、思う。
そう言外に言えば、苗字は訳がわからないという顔をした。
別に責める訳じゃないが、と前置きしてから苗字は言葉を選びながら口を開く。

「失礼だけどさ、お前……あんまりチーム信頼してないんじゃねぇの?」
「は!?ちょっ、何言って……っ!」
「あ、いや、全面的にじゃなくて、どっか心の片隅での話だけど」


信頼してない?俺が?このチームを?
全く訳がわからない。
俺がみんなを信頼して、それからみんなから信頼が返ってきて。そうやってチームは成り立っているんじゃないのか?
それからもう一つ、と苗字は言う。

「お前、鉄心って呼ばれるの嫌いだけど、その名前に一番依存してるのはお前自身なんじゃないのかな、と俺は思う」
「……すまん。さっきから話が見えてこないんだが」
「まぁまぁ、最後まで聞いてくれよ」

言いたいことがいまいちわからない。何か、鋭い物だけが心に突き刺さってくる。
ふと、苗字の瞳から笑みが消えた。変わりにそこを満たすのは慈愛のような悲しみ。

「上手く言えないけどさ、独りで頑張りすぎなんじゃないかな」

「鉄心」という名前があるからこそ、周りを支えて守ることしか考えられない。自分独りで頑張らなきゃいけないと、無意識に何処かで考える。

それが、チームへ背中を預けられない一つの要因になると。
喋ることが得意な苗字でさえ、ゆっくり言葉を選びながら言っていた。それが、この問題がいかにバランスの取り方の難しい話であるかを物語っていた。

「このチームは俺が守るんだ!!って顔、木吉はよくしてるけど、チームはお前が守るだけか?」

ふわ、と苗字の口元に緩やかな微笑が現れる。
まるで謎かけだ。
その問いの意味も、苗字の微笑みの意味も。

「この試合で、答えが見つかるといいな」

静かに苗字が吐き出した、励ましとも祈りともつかない言葉。目元は悲しげだ。
そんな姿を見ていられなかった俺は、苗字を抱き締めて瞼に軽く口づけを落とした。


そして俺はこの一戦で、苗字が言う「答え」を思い知らされることになるのだった。


信じ抜いたら、きっと
(世界は輝いて見えるよ)


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