ラテン語お題C
2011/07/03 23:27

12.Melius frangi quam flecti.(志摩と勝呂/幼少)


「坊っ、聞いてはるんですか、坊!」
縋るような志摩の声に彼らしからぬ適当さで相槌を打つ勝呂の視線は、もうこちらを見てはいない。その瞳には何も映らない。それが悔しくて、悲しくて、志摩は勝呂を一旦追い越すと彼の眼前に立ち、なんやと怪訝そうに眉をひそめる顔を見上げて吠える。「辛かったら、泣いたらええやないですか!どうして!そうあんたはいつもっ」いつも、と続く言葉は出てこない。代わりに、志摩は、志摩自身はこれっぽっちも泣きたくなんてなかったのに、泣いてほしいと思う相手は泣かず、自分の涙腺だけが壊れたかのようにとめどなく涙があふれさせ、汚い嗚咽が零れる。幼い手で目を覆う。どうしようもなく惨めだった。勝呂は泣かない。そればかりか、慰めるように頭を撫でるその優しさが、一層志摩を苦しめた。


(曲がるよりは、壊れるほうが良い。)


13.Bibamus, moriendum est.(メフィ藤/昔話)


さて寝ようかと目を閉じたところで、なあ、と小さな藤本の呟きが耳に届く。電気が消され、開けても瞑っても真っ暗な視界ではいくら距離が近くとも慣れるまで一切の表情は見えない。
「第一印象?」
「そ。なんか寝れねえから、寝物語に聞かせろよ」
「……私は眠たいんですが」
腕の中で藤本がごろんと頭の向きを変える。声が先ほどよりはっきりと聞こえ、頬に息が当たった。そりゃ残念だ、諦めな、と笑う声は、予想通りほんのわずかの抵抗すら意に反さない。どうやら、この話を自身から聞きださない限り寝かしてはくれないらしい。(もうちょっと艶っぽい展開で強請られるならいくらでも付き合うんですが)あいにく藤本にその気は全くないのだろう、僅かに動かした手は身体に触れる前にぺちんと叩かれた。第一印象。あくびを噛み殺しながら記憶を辿る。(初めて、藤本と会った日)ぐるぐると瞼の裏を記憶が浮かんでは消える。そうして巻き戻った時間、今よりも幾分幼い藤本と、その周囲の光景を思い出す。瞬間の、自分の感情も。(ああ、まるで)
「まるで、クリスマスの朝のようだと」
きらきらと眩いそれに、過去だと思ってもメフィストは目を細めた。あの時と同じように。


(さあ、飲もう。いつかは死が訪れるのだから。)


14.Nec possum tecum vivere, nec sine te.(アマすぐ)


(なんやの、これ)
ばくばくと特大パフェをつつくアマイモンの対面で、勝呂はげんなりと肩を落とす。それほど甘いものは嫌いでないはずの勝呂も、チョコレートや生クリームやアイスでこれでもかとコーティングされたパフェが一個二個ではなく、五個も机の上に並ばれると(ご丁寧に全部種類が違うのだと力説されたがどうでもいい)流石にうんざりするし、食べかすが辺り一面に散らばる惨状は色んな意味で頭が痛くなる。これが志摩や燐なら注意するなり片づけるなり文句を言うなりできるが、今回は相手が悪かった。色んな意味で。
(そうやって食べたらアイスが残ってもうて机に落ち…あああそんなに頬張んなハムスターやないんやから!)
机の下で勝呂の拳が震える。きちんと片づけたいという真面目な性格と、なんでこんなやつなんかにという憎しみに近い何かがせめぎ合う。けれど。
「どうかしましたか」
「……いや、なんも」
結局のところ。勝呂は重いため息をひとつ吐き出すと、諦めた様に持っていたハンカチでアマイモンの口元を拭う。アマイモンはぱちりと大きく瞬きをし(信じられないと表情が語っている)、それから、もう中身のないパフェの底を何度も掬いながら、ありがとうございますと小声でひそりと呟いた。

(わたしは君とは生きていけない、けれど君がいないと生きられない。)


15.Cui bono?(八百造と達磨/昔話)


「あの、達磨さま?」
なんやと言葉を返す達磨はにこにこと上機嫌に笑っており、対してその達磨の膝に強制的に頭を寝かせられた八百造は、眉間の皺が普段の二割増しになっている。
「なんやって、」
「男の膝枕やから寝にくいやろうけど、そこは堪忍してや」
「いや、私が言いたいのはそこやのうて」
「ほら、しゃべっとらんで寝え」
「寝えって、まだお昼やないですか」
「ええからええから」
なにがええんやろうと、それでも半刻は達磨の奇行に付き合っていた八百造だが、耳に少々調子の外れた子守唄が届いたり、子供のようにぽん、と頭を撫でられたりと、数々のこそばゆい感触に、半刻ほどでもう耐えきれないとばかりに飛び起きる。それに不満げなのは達磨だ。
「まだ仕事も残っとりますし」
「今日の は終わっとるって蟒が言っとったで」
「……明日のが」
「明日せい」
「っ、そう言えば蟒のやつをてつどうたるって約束が」
「蟒なら帰ったで」
「………」
「………八百造」
これ以上なんか言うなら添い寝の刑や、との達磨の言葉に、言いかけた言葉を飲み込んで八百造はそろそろと頭を下ろす。静かになったことに満足し、達磨はまた音痴な子守唄を歌うのだった。


(誰の、ため?)



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