ラテン語お題A
2011/06/12 00:55

5.Aliis si licet, tibi non licet.(八百達)


「どこへ行かはるんですか」
自分を探す門徒の声に堪忍と心の中で手を合わせながら、抜き足差し足でこの場を去ろうとする達磨の動きが突然止まる。後ろ手を掴まれ、誰やと慌てて後ろを見れば、普段の仏頂面よりもさらに表情を硬くした八百造が、そこにはいて。「どこへ、いかはるんですか」語尾を荒げる八百造に、達磨は何も答えない。(お前がおらんところや)しかしそれがどこなのか、達磨にはわからない。現に。今だって。

(誰が君を許しても、君は君に許されない。)


6.Nomina sunt odiosa.(メフィ藤)


ペラペラと書類を捲る藤本の指の動きから、メフィストは無理やり視線を外す。節くれ立つ、武骨なそれは決して人目を引く造形ではないが、その思考とは裏腹に、自身は露骨なほど熱心に一挙一動を追ってしまう。時折顔を上げれば藤本はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべているのが視界に映り、メフィストはカモフラージュとして対して役に立ってない携帯のボタンを適当に押しながら頭を抱える。まるで思春期だと、自身の齢を思い出せば、尚一層。

(この名前が忌まわしい。)


7.Mundus vult decipi, ergo decipiatur.(志摩と勝呂)


なんもあらへんよ、と。へらへらと笑う志摩の横顔を思いっきりぶん殴ってやりたいと、勝呂は爪が手のひらに食い込むほど強く、強く拳を握る。薬品と、かすかに鉄の匂いが鼻につく。何もないわけがない。不自然に隠した右手や、着物で隠しきれない包帯、痛みを堪えるように息を呑む、諸所の気づきが勝呂を苛立たせる。(でも、やからって)ここで勝呂が志摩を問い詰めて、答えが返ってくるとは思えない。そんなことで明らかになる何かなんて、そもそも志摩は隠さない。勝呂は唇を噛む。自分の世界は、志摩の嘘と欺瞞でつくられていた。

(世界は騙されていたい。だから世界は騙されている。)


8.Omnes una manet nox.(金勝)


珍しく机に向かって熱心に書き物をしている金造を見つけ、勝呂は行儀が悪いと思いつつも、好奇心には勝てずそろそろと近付き、手元を覗き込む。後頭部と落ちる影に阻まれ内容はよく見えない。ルーズリーフには文字がびっしりと書き込まれているものの、近くに教科書は見当たらない。じゃあいったい何書いとるんやと勝呂が首を傾げたと同時に、金造がばっと顔を上げる。「ぼ、坊?」「?俺やけど」勝呂の顔を見た途端、まるで虫に遭遇した末っ子のように甲高い悲鳴を上げ、金造はルーズリーフをぐしゃりと握りつぶす。驚いたのは勝呂だ。
「なっ、おま、なにしとん?!」
「それは俺のセリフですって!!」
やたら慌てている金造の理由を勝呂が知ったのは、それから半年後のライブハウスでのこと。

(ほら、同じ夜がわたしたちを待っている。)



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