文章修行家さんに40の短文描写お題C
2011/06/01 19:14
31.やわらかさ(親世代/昔) 97文字
「このツボが胃に効くんやって」
「はあ」
あれがこれがと言いながら、手のひらを指圧していく達磨はどこか楽しそうで。徹夜で帰宅を急いでいたはずの八百造は、同僚が自分を探す声が聞こえるまでずっと、その場から動けずにいた。
32.痛み(メフィ藤) 96文字
でかい傷よりも小さな切り傷の方が得てして厄介だと、気づいていなかったからこその思いもよらぬ痛みに、藤本は水の中から慌てて手を引く。
「おいメフィスト、棚ん中に救急箱あるからそっから絆創膏」「舐めましょうか」「死ね」
33.好き(志摩兄弟と勝呂) 88文字
立ち尽くす廉造を鼻で笑った四男は、何食わぬ顔で勝呂の肩に腕を回し、そのまま踵を返す。連れ立つ二人を廉造がいくら追いかけようと思っても、足は動かず。
廊下の真ん中で、百足が申し訳なさそうに身を捩った。
34.今昔(八百造と達磨) 85文字
私は、と。八百造は達磨の目を見ながら言葉を紡ぐ。「血もなんも関係ない、自分の意志だけでここにおるんです」今も昔も、そして、これからも、ずっと。唖然としている達磨に向かって、八百造は優しく微笑む。
35.渇き(志摩勝) 79文字
足りないと言わんばかりに舌をねじ込まれ、勝呂は思わず腰を引いてしまう。それを咎めるように志摩は抱き寄せる腕に力を込める。こんな時ですら、求めているのは自分ばかりだった。
36.浪漫(燐勝) 85文字
スクランブルエッグに近い形となってしまっただし巻き卵に、勝呂は不機嫌そうに眉間に皺を刻む。勝呂にとって不甲斐ない結果のそれを燐が満足そうに食べるので、皺はどんどん深くなっていくのだが、燐は気づかない。
37.季節(勝呂親子) 85文字
寒かったやろうに。一通り詠み終わった達磨は、息をつく間に後ろで静かに自分の経を聞いている息子のことを見る。竜士の小さな体はがたがたと震え、吐く息は白い。それでも目だけは爛々と輝いていた。
38.別れ(メフィ藤) 83文字
死ぬことはわかっていた。間近に迫っていることも、それがどういう経緯で起こるのかも、全部。メフィストにはわかっていた。彼がわからなかったことは、彼の死に項垂れる自分のことだけだった。
39.欲(志摩と勝呂) 86文字
当たり前のように差し出される好意に、勝呂は背筋が凍る思いがする。勝呂が望まなくても、志摩は勝呂だけのものだったのだ。想うだけで良いと言いながら、強く握られた腕は次第に色を失う。
40.贈り物(虎子と廉造) 88文字
目の前に立つ志摩家の末っ子は、今まで見たことがないぐらい真剣な表情を浮かべている。その口から何が出てくるやらと思わず身構えた虎子に、廉造は勢いよく頭を下げる。
「坊を産んでくれはって、ありがとう」
prev | next