メモログ 藤本A
2011/11/02 00:16
メフィストと藤本。
ざあざあと、音をたてながら大粒の水滴が窓を叩く。空調で快適な湿度と温度を保たれた執務室だが、それでも梅雨独特のじめじめとした空気はどうも拭いきれず、こればかりはいつまでたってもなれないと、メフィストは気だるげに息をついた。日本は好きだ。厳しい夏の暑さも、芯まで凍る冬の寒さもメフィストはこよなく愛しているが、梅雨だけはどうも好きになれずに二十数年が経つ。雨は好きだが、やはりあの体に張り付くような陰惨な空気が心底好きになれない。早く梅雨が過ぎればいいと叶わないことを願いながら過ごしていると、
「だらけてんなあ」
ノックもなく突然開いた扉からひょっこり入って来たのは、すっかり濡れ鼠と化した藤本だ。その容姿に、メフィストはひそりと眉を寄せる。雨は朝から降っていた。約束の時間は午後三時で、珍しく時間ぴったりに訪れたことを鑑みれば、こんな状態で部屋に来ること自体ありえない。またなにをしでかしたのやら。そんなメフィストの思考を読んだのか、傘が途中で折れたんだよ、と藤本は歩く度に足跡がつく絨毯を気にせずメフィストに近づく。白髪からぽつぽつと水が滴る、それが鬱陶しいと犬のように頭を降ればメフィストにかかって、藤本はあーあと全く悪びれもなく笑った。
「ふーじーもーとー」
「わりいわりい」
「いや、あなた全然悪いと思ってないでしょう」
メフィストはほら、とタオルを投げようとして、思い留まる。そして、徐に立ち上がると手に持ったタオルで藤本の髪を乱暴な手つきで拭く。なにすんだとぎゃんぎゃん喚く、その嫌がるそぶりが建前だと知っているメフィストは、まあ梅雨もたまにはいいものだと、少し気分を持ち直した。
▽
メフィストと藤本と奥村兄弟の運動会。
「生きてます?」
「…死にそうだ」
より良いポジションを目指す、カメラやハンディカムを構える父親達の戦場と化した観客席の真っ只中にいながらも、190を優に越えた長身からかメフィストは人混みにたいしてたじろぐこともなく、むしろその体格を生かし隣で埋まる藤本を然り気無く庇う。悪魔百体に囲まれても微笑みを浮かべるような男が、子供を思う親の熱気に項垂れている、その姿はなかなか見れたものではない。青白い顔色に休んでたらと勧めたが、藤本は「燐と雪男の勇姿を見るまでは動かねえ」とかたくなだ。肩を押された藤本がメフィストの胸元へと倒れ込む。
「なんなら抱きかかえましょうか」
「言ってろ」
憎まれ口を叩きながらも、藤本は体勢を直さない。メフィストが肩に回した手は、燐と雪男が走り終えた後も、二人が藤本の姿を見つけ、駆け寄るまでずっと、そのままだった。
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