メモログ 親世代@
2011/10/02 23:30

虎子♂×達磨♀+八百造で昔話。


(酷い気分や)
こんな時ぐらい休めんものなんかと聞けば、達磨は困ったように笑ってこくんと小さく首を縦に振った。そうなれば、虎屋がかける言葉は何もなくなる。頑張れとも、無理をするなとも、ましてやそれでも尚行くなと言うことも出来ず、身重の体を引きずるようにして護摩へと向かう妻を見送る、病床に伏せた虎屋の目には、彼女よりも、彼女の側にさも当たり前のように佇み、支える志摩家当主の姿が、まるで悪い悪夢のように入り込み、無意識に手のひらへ爪を食い込ませる。全くもって、酷い気分だった。患っている分を差し引いたとしても、本当に酷い、気分で。じわりと涙が滲む。(病気や、病気のせいでこない気が滅入っとるんや)でなければなんて自分は醜い人間なんだと、虎屋はぴたりと閉じられた障子に弱々しく項垂れた。





明陀親世代(八百造と達磨の昔話)


大凶と書かれた小さな紙を前に、達磨の顔がみるみる青ざめていく。たかがおみくじ、しかしされどおみくじ。妻が身籠ったものの体調を崩し、門下が病に臥せる今だからこそ、達磨にはこのおみくじが堪える。普段ならそんなもんかと破り捨てる小さな紙が、やけに、重い。
「八百造はなんやった?」
「大吉ですわ」
「大吉かあ…ええなあ」
「達磨さまは?」
「え、あー…大凶や」
ほんま最悪やと未練がましく紙を見つめる達磨に、八百造は苦笑を浮かべる。
「なら、俺がずうっとそばにおりますから、中吉ってことでどうですか」




明陀親世代の昔話。


たとえ、長年の明陀の門徒であろうとも、ふたりの笑顔を見たことがないという者がいる。それが、一人二人でなく数十人単位であちこち声があがるのだから、八百造と蟒の笑顔は最早明陀の中で一種の都市伝説と化していた。本人たちはそれほど気にしてないが、その代わりといってもいいほど気にしているのは達磨だ。陰口とまでは言わないも、良いことでもない。ふたりとは少しばかり線引きが難しい関係だが、それでも達磨にとっては大切な親友であり、掛け替えのない家族だ。それに。(ふたりの笑顔なんて、日常茶飯事やないか)なので、達磨はそれを聞く度にそんなことないと否定するのだが、門徒の多くは「達磨さまは友人想いでいらっしゃる」とあまり信じてくれないし、自分たちに近い数人は「まあ達磨さまですから」と何やらわからない言葉と張り付けた笑みを浮かべるので、結局なんの改善も出来ないまま日々が過ぎてゆく。テレビから流れる芸人のはつらつとした漫才と、楽しげな観客の笑い声とはブラウン管を隔てて絶対的な温度差を漂わせながら無言を貫くふたりを横目で観察していた達磨は、なんやろなあ、と生ぬるくなった麦茶に口をつけながら思う。「八百造、蟒」名前を呼ぶ。そうすると、ふたりはぱっとテレビから視線を外しなんですかと柔らかな微笑を浮かべるので、達磨は漠然とした想いを抱きながらやっぱりもっと普及せんとあかんなあと決意を改たにしたのだった。



prev | next


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -