気配り上手ってヤツ? バギー海賊団を偵察させている船からの連絡。 《バギーが風邪を引きました。》 彼は心配をしたのか、しめたと喜んだのか。どちらにせよ彼は戸惑いなく進路を変えた。彼がバギーの船に寄る口実は出来たのだから。 「あ゛ー…、死ぬ。これはマジで死ぬぞ。」 「大袈裟なんだよアンタは。寝とけば治るだろう?」 氷水で充分冷やされたタオルを顔に投げつけられ、思わず顔をしかめるが、彼女なりの優しさだと思い口を強く結んだ。バギーが寝ているベッドの回りには薬やら、暇を潰すための本やらが積まれている。しかし思いの外身体が重たく、手に取る気力さえ起きない。ぼんやりとした視界の中で、代わり映えのない天井をずっと見つめていた。 「アタシは向こう行ってるから、何かあったら他のヤツに頼むんだよ。」 そう言ったアルビダに、虚ろな眼を伏せることで返事とした。アルビダはやれやれと小さくため息を吐き、高い足音を立て出ていく。 途端に風邪特有の気持ち悪さにさいなまれ、“一旦寝たほうがいい。”そう思い視界を閉ざした。 「――…ぃ…バギー…」 誰かに呼ばれている気がする。だが変わらず身体は気だるく、瞼を押し上げるのも面倒だ。寝たフリを決め込もうと、わざと寝息を大きくした。 「おいってば、寝てんのか?」 尚も自分を呼び続けるその声には聞き覚えがある。尚更起きる気が削がれた。声の主は寝ているのにも関わらず、バギーの顔をぺしぺしと叩き、無理矢理に起こそうとしていた。 「なあー、本当に寝てんのかよー。」 あまりにもしつこい。怒りで起き上がったバギーは、息もたえだえ怒鳴り散らした。 「寝てるのが分からねえか赤髪ぃぃ!!!!うるせえんだよ!耳元でごちゃごちゃごちゃごちゃ!!!!こっちはしんどくて寝てるっつーのに…」 「…起きてんじゃん。」 「お前ぇのせいだよ!!!!」 いきなり起き上がり怒鳴ったせいか、バギーの視界がグラグラと歪む。事切れるようにベッドに沈んだ。慌ててシャンクスが背中に腕を回し、上体を起こさせる。視界は未だに安定しないまま、バギーは何とかシャンクスを捉えた。眼の端には疲れでうっすら涙が滲んでいる。 「いやー、来てよかった。ホントに。」 「変なまねすんじゃ、ねえぞ…。」 「いやそれはどうだろう。」 わざとらしく口角を上げてみせた。そんなシャンクスに無性に腹が立ったが、身体はいつもと比べ自由がきかない。そんな自分にも腹が立った。 「だーいじょうぶだって。チャンスとか微塵も思ってないし。」 「…思ってんのか。」 精一杯睨めば、少年のように砕けた笑顔を見せた。そこまでシャンクスを信用してない訳でもないし、ひとまず大丈夫なのだろう。昔はどうであれ、今は疲れている時に襲うやつじゃない。はず…。 「優しいおれが看病してやろうと思って。何でも言えよ。」 「何でも…。」 「おう、何でもだ。」 なら、と言ってバスケットに積まれた果物を指差した。 「剥け。」 それに快く了承したかに見えたシャンクスは、すぐに表情を曇らせた。どうしたと見れば、困ったように話す。 「いや、剥いてやりたいのはやまやまなんだが…」 ほら、と腕を出した。シャンクスはなにぶん片腕で、果物を押さえることができない。仕方なく能力を発動させ左手を貸してやる。 「ありがとな。」 「…たくっ。なんでおれが手伝わなきゃならねえんだ。」 力なく呟くと、ふらりとまた横になった。左手だけ意識を集中させながら、ある程度までくれば果物を回し、シャンクスが剥きやすくしてやる。その小さな気遣いに気付かぬフリをしながら、シャンクスは黙々と果物を剥いた。 気恥ずかしさからか剥き終わるなり、バギーは果物をそのまま口に放りこんだ。真っ赤になりながらもなんとか咀嚼すると、今度はお粥を作れとシャンクスに言う。その姿に思わず笑ってしまったシャンクスを、憎たらしげにバギーは見つめた。 「飯は勝手に使っていいのかー?」 「おー…」 疲れのせいか答えが単調になり、ほとんどの受け答えは“おー”で済ませる。それにシャンクスは気づいていた。 「皿はコレでいいのか?」 「おー…」 「塩加減とか大丈夫か?」 「おー…」 図らずともあーんの形になっていることを、バギーは気づいていない。 シャンクスに促されるまま、お粥を食していた。 「旨いか。」 「おー…」 「…バギーはおれのこと好きか?」 「お……何言わせようとしてんだ!誘導尋問じゃねえか!」 「なんだ、バレたか。」 力いっぱい拳を頭に振り下ろすも、ぽすと情けない音だけが立った。全快だったならこんなはずではなかったと、自分のふがいなさに気持ちが沈む。 「…おい、赤髪…。」 「何だ?」 「…風邪のせいで頭が回らねえから、その…。変なこと言うかも知れねえが、それはおれの本心じゃないからな…。」 「…分かった。」 「なら…、いい。」 背を向け、布団に潜るバギーをシャンクスはそっと撫でる。顔は見えないが赤いに違いないと思うと、ついつい笑いを抑えることができなかった。くつくつと笑っていると、掠れた声でバギーが呟いた。聞き取りにくいと顔を寄せれば、僅かに見える予想通りの真っ赤な顔。 「ありがとよ…シャンクス。」 久方ぶりに呼ばれた名前に、シャンクスはバギーをきゅっと抱きしめる。 「早く元気になれよ。」 「…ああ。」 「あと普段も今くらい素直で頼むぜ。」 「ふざけんな。」 回された腕を握り返したのは、自分だけが知っていればいいのに。思いながら、シャンクスの温もりを感じ眠りについた。 ****** 風邪っぴきバギーせんちょに会いたい。 そんな欲求からできました。 title:ガラクタレイディ |