韓国戦で緑川が足を負傷し、俺と一緒に世界へ行くという夢はなくなった。試合が終わり、宿舎に戻ってきた緑川が大義そうに歩くのを見、部屋に行くのを手伝ってあげた。
「すまないヒロト、部屋に帰ってゆっくり休みたいだろ」
「怪我してるのにほっとけないだろ。困った時はお互い様さ」
部屋についてベッドに座らせてやった。一つ息を吐いた緑川は、痛めた足を見つめている。そして悔しそうに顔を歪めた。
「…せっかく世界へ行って戦えると思ったのに」
緑川の言葉に胸が締めつけられるようだ。彼は誰よりも練習をしていた。夕食だって、みんなが食べたあとに一人で食べることが多かった。風呂に入るのが一人遅かったのは、夕食後再び校庭で練習をしていたからだ。それを知っているのは俺と監督くらいで、緑川は代表メンバーに選ばれた時からただひたすらに頑張っていた。
「代わってやりたいよ」
「ヒロト?」
俺の声は思ったより情けなく出た。だが言ったことは本心だ。緑川のことは全て分かっているつもりだった。なのに無茶してこんな足になるまで気づけなかった。馬鹿だ。緑川も俺も馬鹿でどうしようもない。
「緑川は…新しい必殺技出すし人一倍努力している。俺なんか、新必殺技なんて一つも出していないし緑川より努力もしていない。あんなに頑張ってた緑川が怪我して俺が無傷だなんて」
「じゃあ俺の代わりに行ってきてよ、世界」
緑川は笑っていた。頭が真っ白になる俺に、静かに言葉を紡ぐ。
「エイリア学園にいた頃から、ヒロトは俺の憧れで、目標だった。いつかヒロトみたいに強くなるんだって思った。代表メンバーになれただけ良かったんだ」
決して皮肉や自嘲はしていない。初めてきく真実に、俺の頭は未だフリーズしたままだ。「それに、ヒロトだって怪我しただろ。無傷なわけないじゃないか」
俺は緑川の憧れだったのだ。緑川は、グランであった俺を目標にレーゼの名の下で日々努力を積み重ねていたのだ。憧れ、俺が緑川の憧れ。
「ヒロトにはお世話になったよ。ありがとう」
それを聞いた瞬間、俺は緑川の分まで頑張ることを決めた。俺を憧れとしてくれた緑川を、悲しませたり泣かせたりはしたくなかった。世界へ行く。そのことにずっしりとした重みを感じて目を閉じた。
「ヒロト」
直後、唇に温かくて柔らかいものが触れた。驚いて目を開ければ、緑川の顔が瞳いっぱいに映って、心臓は大きく波打った。軽いフレンチキスで、すぐに顔が離れて緑川はまたベッドに腰かけた。目は笑っている。
「浮気したら許さないからな」
俺を見る緑川の目に理性を放棄しそうだ。