子供の時代から熱いものが好きだった。パスタのお湯、バスルーム、風邪(よくマルコの額に溺れたものだ)、夏、直射日光、それら全てを自手に感じないと幸福になれないのであった。(色んなものに触れなさい)母は小さい俺によくそう言い聞かせた。(触れたら、あなたにもきっと相手の気持ちが分かるわ)さわっただけでひとのきもちがわかるなんて、今考えたらとんでもないことである。その時の俺はただ素直に頷いてみせるのみ。人から流れる水分が温かった記憶だけは脳の裏にしっかりこびりついていた。

熱いものにどうしても触れたくなる。変な性癖、とチームメイトに称されながらも自身は世界に名を馳せるまでになった。マスメディアは俺の性癖をツユシラズ顔、マルコの性癖は深いところまで掘り下げられるくせに俺は何も訊かれなかった。マルコがあるインタビューを受けている時偶然聞いてしまった、あいつの性癖は訊かないでやってくれませんか。乱入して糾した、オレハアツイモノニサワルノガスキダ!…そんな面白味のないことを記事にしたところで大衆の反応はたかが知れている、と一蹴されてしまった。白い流星の私生活っていう方がみんな気になると思うがね、丸々太って口髭を携えた男が冗談まじりににやりと笑った。白い流星、それはあんたたちが勝手に付けたんだろう、俺の名前みたいに言うな!怒鳴ってやりたくて、でもジャンルカが顔の赤い俺を優しく外へ引っ張り出してくれた。俺の顔は、熱い。

なかなか見ない奴を宿舎付近で見かけた。男だからナンパなんてしないけど、その男がユニフォームを着ていたので近づく。「チャオ」男は俺の顔を見るなり、パスタ無料券が当たったような顔をした。探していた人を見つけたような顔でもあった。
名前をマーク・クルーガーといった。俺の予想は当たり、彼はアメリカ代表のキャプテンだった。挨拶の握手、「ちょっと待った」……熱、い。暑がりなんだ、と彼は恥ずかしそうに頭に手をやり、それから鼻をかいた。熱い。熱い熱い熱い。俺の心臓がどきどきと早打ちを始める、俺の思考は立ち止まる。目の前に立つのは俺が今まで触れたことのない熱い人間だ。

「いい、ね」思わず呟いてしまった。彼は呆け顔のまま、何とか口元に笑いを取り繕っている。俺の言葉が分からないのも無理はない。これは自己満足のために吐き出した言葉だ。誰も俺のことなんて分かってくれないんだから。せめて独り言の時はひとりにしてくれ。すると彼はもう片方の手で俺の手を不器用に挟み込む。すん、と鼻を鳴らして彼が何と言ったか、「フィディオだって温かい」それが俺にどれだけ優しい?温かいじゃあ駄目なんだ、熱くなきゃ、俺は熱いものに触るのが好き、なんだ。彼の体温は温かいよりかは熱い、今俺はその手に包まれている。
「……マーク、聞いてくれ。俺は熱いものに触るのが好きなんだ」声に出したら復唱になった。理解されない、苦くて美味しくない感情だけど咀嚼するしか道はない。自分以外でこんな変わった性癖を持つ人間など周りに無と同列なんだから、――共感されないのに何で言った。彼がマスメディアの同胞だったらどうする、今度こそ立ち直れないぞ。初戦から戦勝を譲ることになるぞ。それでもいいと思ったのか?

「フィディオって、意外と個性的なんだな」

頭の中で自問自答する声が止んだ。個性?意味分からない。

「誰だって人に理解されないことを持ってるさ。それを口にするか、しないかの些細な違いだけで。悩むことじゃない」

「悩んでなんか、」「そう言うのならその泣きそうな顔をやめてくれ」口振りの強度は大だった。何故、この目から逃れられないんだろう。今日が初めてのコンタクトなのに、彼はずっと昔から俺を知ってるような。マルコは俺のことを一から理解しようとしなかったのに、彼は。

「ずっと理解されなかったんだな」

俺の涙を指に乗せたマークは笑った。もう大丈夫だとでも言うかのような笑顔だった。フィディオ・アルデナという人物を初めて見てもらえたような安心感だった。「アメリカ人は器が大きいんだな」「俺は特にな」「さすが。キャプテンなだけあるな」一気に親近感に身を包まれた。理解されなかったことが悔しかった。そう言うと少し語弊がある。この性癖を理解してもらいたかったのではなく、この性癖を含めた俺を認めてほしかったのだ。そう、理解ではなく認識。よくよく考えれば俺の性癖は一般的に特殊であるのだから、理解されないのは当然だ。ただ、そんな性癖を持った人間だっているのだということを認識してくれさえすれば、俺はもっと人付き合いが上手くなっていたんだろうな。初めて認識してくれたのが他国の人間で、世界とは自分の考えている以上に広いことを思い知らされた気分だった。






観客の声が全身を取り巻いて鳥肌が起きる。いや、鳥肌はきっと観客のせいではない。

「――よろしくな。フィディオ」
「ああ、こちらこそ。マーク」

握手をして、お互いをじっと見つめたあと、どちらともなく笑顔を浮かべた俺たちを、マルコやジャンルカは不思議に思ったようだが、この笑顔の理由が分かるのは目の前の男だけなのだから無理もない。マークのチームメイトもまた、マルコたちと同じ表情であった。

熱いものに触るのが好き。これは誰に何を言われようとも変わらない、俺の強い思いである。

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