雪の子士郎とはよく言われたが、雪の子アツヤとは誰も言わなかった。

きっとそれは語呂が悪いからで、決していじめではなかった。俺も俺でそれを気にしたりだとかコンプレックスにしたりだとかしなかった。雪の子だろうが風の子だろうが、サッカーにおいてそんなことは関係無い。ボールを奪って点を取れれば、俺はそれでいいのだ。






ある日、俺は偶然にも士郎の告白されている場面を見てしまった。クラスの奴だった。お決まりの好きですを言ったあと、これまたお決まりの付き合ってください。頭を下げた女に、士郎は眉を下げて笑った。「ごめん」

「何で?」女はいきなり咎める口調に変わった。これが豹変か、俺は呑気なことを考えて教室の外で息を潜めていた。豹変した女は、恐ろしいことを言った。

「士郎くん、アツヤくんと出来てるって。ホモなんだって噂あるよ」

どうして女は卑怯なんだろう。そんな馬鹿なこと言ったって士郎がお前と付き合うはずがないのに、一人嘲笑する。少しの優越感だ。女の言う通り、確かに俺と士郎は出来ている。初めはこそこそと隠れていたものの、最近では士郎が公にしたくなったとかで登下校は手を繋いでいる。完璧な両想いで、この前初めて「いけない」ことをした。癖になっちゃうね、と俺の髪を上げて笑った士郎をよく覚えている。女は何も答えない士郎に追い討ちをかけるようにまくし立てる。

「ホモなの?アツヤくんと付き合ってるって本当?手繋いで帰ってるのは仲がいいだけじゃなくて?」

口を開く様子が無い士郎に俺は余裕だった。黙るのは、あいつなりの回避法なのだ。士郎が黙ってしまえばあとは何も詮索出来まい。ましてや女に人気のある士郎がホモだなんて、信じがたいことだ。はいと返事がなければ女は大抵嘘だと勝手な解釈をしてくれる。今回もそういくだろうと思った。

「気持ち悪い」

俺の想像していた言葉とはまるきり違った。俺の口元から笑みが消える。

「士郎くんも、アツヤくんも、気持ち悪い。男と男で好きだなんて、周りから見たら変だよ」

変だよ、それが頭の中にでっかく響いて目眩がした。そして大粒の涙が出てきた。いてもたってもいられなくなって、教室にあるカバンも忘れて駆け出した。士郎を待っていたかったけど、あの女に会う方が怖くて、でも俺と帰れない士郎の方がよっぽど怖い帰りを送るんだなって思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。家に着くと、お母さんの心配する声を背に部屋に籠もってひたすらに泣いた。

「ただいま」

数分して玄関から士郎の声がした。お母さんが俺の様子を士郎に伝える。適当に会話をして、階段を上がってくる音が聞こえた。コン、と一つドアを叩く音がし、すぐそこに士郎を感じた。

「アツヤ」

優しい声音だった。入るよ?と断りが入ってドアが開く。俺はベッドに背をもたれて縮こまっていた。膝を立て顔をうずめると、士郎が横に座って来た。

「もしかして、さっきの話きいた?」

びくりと肩が跳ねる。これで士郎にはばれた。士郎はあの教室にいた時のように黙る。俺も黙った。下でぐつぐつ何かを煮込む音がする。

「アツヤあのね」
「いい、ききたくない」

驚いたらしかった。アツヤ?と尋ねる声は相変わらず優しくて、俺は甘受してしまいそうになる。だけど、「いけないこと」なのだ、俺と士郎が付き合うなど世間的には受け入れられないのだ、それが本当のいけないことなのだ、そう思ったらまた悲しくなってきて、嗚咽を漏らして泣いてしまった。士郎は慌てた声で俺の名を呼び、肩を揺すった。

「だっ、て、あの女が、俺としろ、は、付き合っ、付き合っちゃいけないっ、て」
「うん」
「でも俺は、っ士郎、が、好き、なんだ」
「僕もだよ、アツヤ」
「っだ、から、付き合っ、てたいん、だよ、うえっ、うう〜」
「アツヤ」

俺は本当に声を上げて泣き出した。言いたいことが言えて安心して、胸につっかえていた想いが一気に溢れ出た。そう、俺は士郎と付き合っていたい、もっと士郎と近づきたい。それが例え非難されることでも、士郎がいいんなら俺はそれが良かった。士郎に抱きついてしまいたかったけれど、今はまだ士郎が何も返事をしてくれないので膝を抱えるしかなかった。

「僕はアツヤと同じ気持ちだよ」

俺の頭を撫でる士郎にすぐさま抱きついて、ジャージに顔を強くこすりつけ大声で泣いた。その間も士郎は俺の肩を抱き頭を撫でていて、そして呟いた。「雪の子アツヤ」

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -