「う」
「大丈夫か?」
「……はあ、なんとか」
「やはり当面の課題はスタミナだね」

丸いプラスチックに額を小突かれる。暑い、けれどこれは多分上がりすぎた体温のせいだ。ほんの時々、新緑を揺らす風はまだ少し冷たくて乾いている。
頭上から差し出されたスポーツ飲料を受け取り、ぼたりと落とした。手がまだ痺れて震えている。
バッシュの擦れる音。俯せていた体をゆっくり仰向けに回してみる。傍らにすわって、転がるペットボトルを手の届くところに立てていく指先がさかさまに映った。
半面コートで、黄瀬君はまた青峰君をせっついてワンオンワンを強請っているようで、休憩時間にきちんと休むのも練習のうちなんだがな、と赤司君が一人ごちた。
ひざを立ててすわる人なのだなと思った。

「…あ」
「ん?」
「てんとう虫」

ふと、右腕にこそばゆさを覚えて目を向けてみると、赤にくろい水玉模様の半円形のフォルムが見えた。無心に肌を這っている。
てんとうむし、と赤司君が呟く。めずらしいですか?ああ、いや、どうだろう。

「指で進路を遮ってみてください」
「うん?」
「登ってきます」
「……そうみたいだな」

赤司君の指先に移ったナナホシテントウは、それが何であるかなどお構いなしにとことことひたすら歩き続ける。
昆虫というのは警戒心が薄いな。いつ潰されるかもしれないのに。
てんとう虫の健気な行進は赤司君ですら、素直にただの中学生のように見せた。肘の辺りまで登ってきたそれを、じっと眺めるさまはひどく頼りない。
手を上へ向けると、そっちへ進みます。てっぺんに来ると、あとは飛んでいくんですよ。
僕がそう言うのを聞いた彼は手首のがわをゆっくりと外へかざす。

「たぶん、僕らが人間だとか、関係ないんじゃないでしょうか」

花の茎や土と変わらない、ただの足掛かりか、障害物ですよ。
とことこ、小さな6本の足は赤司君の皮膚をつたい空へと近づいていく。
すいと立てた人差し指の先までたどり着いたてんとう虫は、一秒だけ立ち止まり、ぱかりと羽根を開いて体育館の外へ飛び去った。
5月の日差しはきらきらとまばゆく、赤い瞳を透かして頬にかげをつくった。

「まだなにか言いたそうだな?」

彼の微笑むのは含みのあるときだ。スキール音。休憩中だというのに、絶え間なく弾むボールが床を震わせる。黄瀬くんのわめき声。誰かの囃し立てる声。
迷いこんだ、小さないじらしいものをそらへ放した、警告の色をしたがえたひとの指。
いいえ。

「いいえ、赤司くん。何も」












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