渡り廊下は窓が開け放してあって、今の時期は風が気持ちいい。首筋や額をかすめて、あるいは毛先をゆらして通りすぎていくのは土地が変わっても同じだった。放課後の喧騒は静寂をぐるりと一周めぐらせたその外にある。

今日は天気もいい。

体育館に面したほうの窓枠に手をかけて外を眺めると、知った顔がバッシュをさげて駆けていくのが見えた。すると、なにかがとんできたようでそのままふと目を落とす。そこには、


「てんとうむし」


赤い、まるいかたち。すこししてからちいさく歩き出す。その名前を呼んだ自分の声は、どこにもひっかからずに単語だけを上滑りして流れていった。おかしくてすこしだけわらう。

いつだったか、ちょうど同じような季節。止まり木にされたのはテツヤだった。
てんとう虫、とつぶやいた声。かすかに温度のみえた声には虫の名前だって馴染んでいた。指ですこしだけ触れた腕は熱かった。ぺたりと背中をつけて寝転んだしろい手足。かおをかたむけて丁寧に見遣る様を思い出す。ゆるくゆるく、こちらに添う視線だった。コートではいつものように大輝と涼太が本気で戯れていた。騒がしいと眉間に皺を寄せる真太郎も、我関せずと甘い匂いをさせる敦も。

昔のことを、とも思う。
けれども覚えている。あのころ、そこにあったなにもかもを。忘れるはずもないだろう。いつでもひんやりとした床の感触。開いておけばおもたい暗幕が時おりゆらぐギャラリーの窓。ボールをつく音。バッシュの擦れる音。響く声。
陽の入る体育館はすべてにちょうどよく目で触れることのできる場所だった。
そしてなにより、そこにいたのは紛れもなく、


はせているあいだにも、ちいさな虫は歩きつづけていた。金属の、かたくてつめたくて、細い道をすすむ。進路を遮ると登ってくるんだったか、と、中指を差し出そうとして。やめた。


そろそろ時間になる。いつまでもここで時間を潰しているわけにはいかない。
最後にもう一度だけ、窓枠に目をやると、端に行き着いたてんとう虫が飛んで行くところだった。風が吹く。


いいえ、赤司くん。何も。


ぬるま湯がにじみ出すように、あの声を思い出していた。




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