一歩も動けなくなるまで、なのだそうだ。
歩き始めて二時間が経つ。住宅街を抜け、飲食店やビルの並ぶ駅前通りを抜け、今は大きな橋にさしかかっていた。河川敷を眼下にただただ歩く。よく晴れた昼時の河川敷には犬を遊ばせる親子と、ゆっくりとした足取りの老人、水かさの少ない静かな水面がいかにものどかな風景として広がっている。
さして会話もなかった。休日であるというのに制服を着て(オレ達程度の年代の者にとって制服は身分を証明する最も手軽な記号なのだという)、私立指定の靴音をふたつアスファルトに打ち付けながら、鳶の旋回する町外れの大きな橋を渡った。
赤司は非常に軽装だった。手にはなにも提げておらず、最低限外出時に持つべきものすら一見しただけでは持っているのかどうかわからない。最低限、すなわち一般的に言って財布や携帯電話の類いだが、それらが「最低限外出時に持つべきもの」と赤司に判断されているのかどうか、そもそもそれが怪しい。
歩き出してすぐに、一度「なにか目的はあるのか」と聞いた。終わりはあるのかと。赤司は簡潔に、「さあ」と濁した。

一体こんなところでなにをやっているのだ、という自嘲はだいぶ前に一通り終えた。どんな切り口から思考を巡らせてみたところで、己を納得させられるだけの理由などどこにもないのだ。
赤司はゴールのない、入り組んでどこまででも続きそうなアスファルトに怯むことなく、普段通りの足取りで黙々と歩き続けている。
ありがたいことに、制服を着てしっかりと前を向いて歩いてさえいれば、周囲の目にはなにか御大層な理由や目的があるものと映るようだ。時おり立ち止まり、どちらへ進もうか、赤司は振り返ってオレに尋ねた。が、それも道筋を確かめているように見えているのかもしれない。
一度、老婦人に道を尋ねられた。自分たちも土地勘のあるものではないのでわからない、と告げかけたオレを赤司はなぜか制し、ブレザーのポケットから携帯を取り出すと、聞き出した目的地名を手掛かりにナビの機能を使って調べ始めた。携帯は持っていたのだな、と思いながら、手のひらほどの端末を見も知らぬ他人とひたいを付き合わせて覗きこむすがたを眺めた。
あとは道なりに行けば見えてくる、というところまで婦人に付き添い、丁寧に頭を下げた彼女を見送って、知らず抱いていた緊張感から解放され緩やかに息を吐き出す。赤司もそれは同じだったと見え、一呼吸のあいだ婦人の歩き去った風景を見渡すと、今度は静かに、けれど堪えきれないように小さく吹き出した。
突然降ってわいた「目的のある行動」を無事にやりきったことで、オレも赤司も半ば我に返った。ひたすら後ろへながし続けてきた視界をしっかりと認識する。
間違いなく、記憶のどこにもない町並みのなかに立っていた。

「地図は見るまいと思ってたんだが」
「オマエの勝手な拘りは知らん」
「あてなどないんだ、見たって仕方ないだろう」

歩き始めてから、初めて中身のある会話をしたような気がした。これまで保ってきたなにかが砕け、柔和に口許をくつろげた赤司はこれまでよりも生き生きとあたりを見渡して、「さあ、どこへ行こうか」と言った。
どこへ行こうか。


時刻は昼を回っており、ひとまず昼食を摂る、という選択肢が浮上する。どうやら財布も持っていたようだ。夕方以降、飲食店に中学生二人で入ろうとすれば最悪補導というリスクを少なからず伴う(部に迷惑はかけられないからね、とも赤司は言った)。であれば昼から早めにきちんと座って休憩をとるべきだというのが赤司の案だが、日没を「終わり」とするつもりもないのだということを知って、オレは密かに冷たいものを背筋に感じた。

「…とは言ってもな。外食か。普通どんなところに行くものなんだ?」
「オレもあまり店に入ったことはないな。青峰や黒子はよくコンビニで買い食いをしているようだが」
「買い食いか…」

試すような思いで「買い食い」という言葉を口に出したわけではないと、言えば嘘になる。今、目の前にいる赤司は次に何を言い出すかわからない、突拍子のなさがあった。何を選び、何をやってみたがるのか。
体育館でも部室でも校舎内でもない場所で、赤司を見ている。
休日にオレを呼び出し、どこかへずっと歩いていってみたい、と言った赤司のことを、オレは今ひしひしと「友人」として認識しつつあった。
赤司は一人で行かなかった。オレを誘い出した。日が暮れて、夜になって、そうすれば戻らないことを不審に思った誰かが探し始める。補導とどちらが悪いのかは見当もつかないが(オレには正直どちらも同等に思えた)、すべてわかっていてオレを巻き込んだ赤司は、オレにどんな役割を任せたのだろう。

結局買い食いとはならず、少し歩いて目についたファミレスに入った。歩き通しでからだはそこそこに暖まっていたが、吹きさらさない管理された暖かさに頬が勝手に人心地つくのを感じた。
差し向かいに座り、こうして向かい合うのは本当に落ち着かない。オレと赤司の間にはラミネート加工されたぺらぺらのメニューがあるだけで、相談しあうべき事柄も、将棋盤もなかった。
注文した料理を赤司は文句も感想も言わずに食べた。ハンバーグの味付けがあまり好みではないとオレが溢すと、赤司は面白そうに箸を止める。

「どんな味?」
「食べてみればいい」
「それじゃあ一口貰うよ」
「べつに不味いと言ってるわけではないのだよ。食べなれない味なだけだ」

俺は嫌いじゃないけどな。赤司はきちんと嚥下してからそう呟き、自分の皿を少しこちらへ寄越した。ひとくちだけ交換した和膳の焼き魚はしっとりとしてやさしく、ふしぎに甘くて、やはりどこか舌に馴染まなかった。
一時間と少し、恐らくオレ達の年代としてはゆっくりした速度で昼食を終えて外に出る。
軽いミーティングを兼ねて、部活のメンツで昼休みを過ごすことが多い。それぞれ誰に示しも合わせずにマイペースで、さっさと平らげた青峰と紫原は、更なるカロリーを求めて購買へ行く。黄瀬はそれを慌てて追ったり、我関せずと携帯をいじっていたりする。
ふとよぎったその慣れた光景を、同時に思い浮かべていたらしい赤司が「いつも俺と緑間と黒子が残るんだよな」と言った。一箸一箸しっかり食べるものたち。「そうだな」と返した。
まだ日が出ているから暖かい。マフラーをしっかりと巻いた。まだ歩ける、と思った。









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