「例えば、君がバスケをやっていなかったら」
「将棋部かな」
「面白味がないですね」
「趣味を極めてみるのも悪くないかもな」
「僕は手品を極めるはめに」
「大成するんじゃないか?」
「考えておきます」
「じゃあ、君だけ学年がひとつ下だったら」
「今となにか違いがあるかな」
「そうですね…体格とか」
「黒子に見下ろされるのか。新鮮だな」
「僕が君の教育係でしょうか」
「それはない」
「有り得ませんね」
「僕と君しかいなかったら」
「スコアが伸びないね」
「そうですね…でも」
「ん?」
「見つけてくれますか、青峰君がいなくても」
「見つけるさ。時間はかかっても」
「すみません、影薄くて」
「それがお前だろう」
「僕が、君を忘れてしまったら」
「思い出すよ。お前はバスケを忘れないから」
「はい」
「もう少し答え甲斐のある質問にしてくれないか?」
「君が速答しすぎるんですよ」
眠っては目覚め、眠っては目覚める、浅いまどろみの合間にとりとめのない夢を見る。いくつものifの話。
黒子はifすら拒むようにかたくなにベッドサイドで本を読む。次々に、めくられるページ。
いつ目覚めても黒子はいて、文庫本からすい、と目をあげて目じりだけで微笑んだ。額にあてられているひんやりとした体温。
膜がかかったようにうすぼんやりと遠い感覚、ふわつく声を、それでもとらえながら口を開いた。何度も何度も。
れんめんと続くまどろみはやさしく、重かった。額を癒すてのひらだけ、すっかり目がさめても覚えていられる、そう思いながらまた意識はおちていく。
「……」
「起きたのか」
「…あ、かし君」
ベッドのふちに腰掛けた背中の線に、眠りからぬけきらない頭が「ああさっきと同じだ」と言ってよこした。
さっき?なんだろう。途中で目覚めた記憶はない。ずいぶん眠ったと思うのだけれど。
でも、ずっと見ていた気がする。ずっとこの人は、こうしてここにいてくれた気がする。
組んでいた脚をといて、シーツに手をつきこちらへ乗り出した赤司君は逆の手を僕の額に乗せる。静かにさめかけた紅茶のやさしい温度。初めてそうされるはずなのに、僕はその手がそういう温度だと信じて疑わない。
けれど、前髪をのけて眉のうえを覆ったさらりとしたてのひらは、信じていたよりずっと暖かかった。
あれ、赤司君。
「熱はだいぶ下がったみたいだな。…どうした?」
「君、意外と体温高いんですね」
「俺はそんなに低そうに見えるかな?」
「いえ、…ただ、もっとひんやりしていたような、気がして」
「…ああ。そうか、いつもはもっと低いかもしれないな」
「え?」
なぜだろう、僕の喋るのをきいて赤司君は目じりだけ、細めて笑った。ひみつを含ませたわらいかただった。この人を怖いといって、遠巻きにして近付かないひとたちはとても損をしていると思う。こんなに完璧にこわれそうな、笑顔をする人なのに。
とろとろとまた睡魔が感覚を端から侵食し始める。重たくはない。ただやさしい疲労感だけだ。「もう少し眠っていていい」と歌うような声がする。額にあてられた手がゆっくり降りてきて、自然に倣い瞼を閉じる。
「赤司君」
「なんだ」
「いつからそこに?…ずっといてくれてましたか」
「さあ?」
ひどく眠い。安堵を呼び込む音だ。
きっともう夢は見ないよ、おやすみ、黒子。葉擦れほどにささやかな声。
夢。そう言えば、夢を見たかもしれない。たくさんの夢、ながいながい微睡んでいる夢を。
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