どれだけしらないふりをしたって、いつかどうにもならなくなるのはわかりきった未来だったんだ。
けれど俺はひたすらしらないふりをした。守りたかった。少しでも安定していたかった。
本当は、びびっていただけなんだろうと思う。
俺たちは自分ごと、相手にも勝手にふたをして鍵をかけた。
そんなとこまで、なんだ息ぴったりじゃん。



「お前らツーカーすぎていい加減キモイ」

宮地さんのおぞましいものを見るような顔つきはいっそ清々しい。いやあまあそっすね、なんて鼻唄の合間に返せてしまうくらいにはもう周知かつ既知だ。便利っしょ、と付け足したら蹴られた。
時間帯、状況、メンツ、それらから推測して、あらゆる場面で俺は真ちゃんが口を開きかけると彼がなにを言わんとしているのかをだいたい予想できた。正確には、俺になにを言おうとしているのかを。あれをしろとか、こうすべきだとか、どこへ行くだとか。
そしてそれは真ちゃんにも言えることだった。俺の行動・言動を予測してぴたりと当ててくることが増え、総じて俺たちは最小限の会話で日常をこなせるようになってきた。そら宮地さんも気味悪がるわ。つがいかっつーの。
現に今、なぜ宮地さんになじられたのかと言えば、「あのさあ真ちゃん」と言ったら「古文のノートなら貸さんぞ」と真ちゃんが真っ向カウンターを返してきたからだ。くそ。苦手なのに寝てたのがバレてる。がっつかない感じに部活終わりにさりげなく言ってみたつもりだったのに効かねえ。あとマジで古文はヤバい。
勉強面で真ちゃんに対する交渉カードなんぞ俺が持っているわけもなく、「2日」「3日」「…2日プラス二回」「プラス五回」「三回しるこつき」「いいだろう」という競りみたいな応酬をした。ちなみに何日ってのはじゃんけん無しでチャリを漕ぐ日数、回数はパシりだ。要はテスト前に古文のノートを借りる代わりに俺は無条件で二日間アッシーになり、三回パシり、おまけにしるこを奢るという取り引きが成立したわけなのだが、お分かり頂けただろうか、宮地さんじゃなくたってああ言いたくもなる。
恐ろしい速度で俺は真ちゃんの懐に入り込むことに成功した。クラスメイトも部の同級生も、一人としてこんな会話をなし得た奴はいなかった。そもそも真ちゃんがこんなアホくさい取り引きにまともに応じるのは俺に対してだけなのだ。「身にならない」といって突っぱねているのを見かけたことがある。
ねー、ほんとキモイっすよねーけど実はちょっと羨ましかったりします?
へらへらと、でも媚びない俺をこの歯に衣着せないどころか歯全体刃物で武装したような先輩が憎からず思っているのがわかるので、俺は怯まないし腹も立たない。明らかに首の急所を狙ってくる腕から笑いながら逃げてみせる。こんなのは日常茶飯事だ。
真ちゃんなんか、最初はゴキ●リでも見たのかってぐらいに嫌がって反論してたくせに、今や我関せずと黙々とシュート練習を続けている。

俺をいびり倒して満足したのか飽きたのか、宮地さんは律儀に「お疲れ」と言って他の先輩らと帰っていった。大坪さんはあまり根をつめるなよとたしなめたし、木村さんは水分とビタミン補給について口うるさく言った。あの人たちは俺たちがこのまま居残り練習するのを知っている。
シュートをうつ手をとめてお疲れ様でしたと頭を下げる真ちゃんの、こめかみを汗がつたって落ちた。
真ちゃんを含め、俺以外誰も知らないことがある。貼り付けた「日常」の仮面のしたで、俺だけがそれを確かめる。毎日毎日、何度も何度も。
どうしてだとか、ありえないだとか、そんなことはもう考え飽きた。
俺はこいつを見ていると時々、ほんのふとしたしぐさやまなざしに、理性が焼ききれそうになる。

それは綱渡りのような、チキンレースのような日々だった。気づいてしまったことを、気づく前に戻すことはできなくて、それなのに俺はどこかたかをくくっていた。これ以上踏み込まなければいい、このラインさえ保ち続ければまだ戻れる。もう一度、離れるのなんて簡単だ。この3年間を、乗り切りさえすれば。
俺はまるっきり自分を過信していた。そして真ちゃんという存在を得たことに少なからず浮かれていた。
まだ大丈夫、まだ戻れる、そうやってじわじわと綱渡りをつづけた。わくわくして、笑えて、面白くて、ちくちくと痛くて、やみつきになった真ちゃんのそばは、うそみたいに居心地が良かった。



「しーんちゃん、そろそろ帰ろーぜ」
「ああ。だがあと、」
「3本?」
「む」
「ラッキーナンバーな」

わーってるって、先にこっち片しとく、
さっさと背を向けて散らかし放題のボールを拾い集めにかかる。わかっているなら黙って行動しろ、とか真ちゃんだって今更言わない。
改めて見渡す体育館いっぱいに転がったボールはいつ見ても壮観だ。こいつが積み重ねてきた努力の証。一人でこなして一人で片付けて、そのルーティンワークに俺も今は組み込まれている証。
そういやさ、とかごにボールを放りながら思い付きを口にした。返事がなくたって、真ちゃんがちゃんと聞いていてくれるのを俺は知っている。

「サッカーのPKとかで、足元に置く前にボールにキスする奴いんじゃん。ルーティンで」

ばしゃん。ラスト3本のうちの1本めがリングをくぐり抜ける。

「あ、バスケでもいるか。フリースローの前とか?」

たん、たん、ばしゃん。危なげなく2本め。邪魔にならない位置のボールを拾いながら喋り続ける。そろそろ腹へってきたなぁ、帰りに寄り道してこうかな。

「あれお前はやんねーの?一回見てみたいわー、真ちゃんならやってそう」

なーんつって、ねーか、なあ真ちゃん。
ちょうど最後の1本のためにボールを拾おうとした真ちゃんに、手のなかのそれを投げる。さ、これで今日の練習終了、お疲れさん。
真ちゃんは胸元で受け、ゴールへ向き直る。そのまま後ずさって距離を取り始めた。一歩、二歩、三歩。
なんとなく見ていた。そして後悔した。シュートに集中しているはずの真ちゃんと一瞬視線がかちあって、おかしいとは思ったのだ。
いつもはゴールだけまっすぐ見ている真ちゃんが、ふいとボールに目を落とす。あろうことか真ちゃんは腕を僅かに持ち上げ、くすんだオレンジ色の球体にひたん、と唇をつけた。
そこからは見慣れたシュートモーションだった。放物線を描いて、百発百中のおまじないを吹き込まれたボールは滞りなく美しくネットをすり抜ける。多くを語らない真ちゃんの、もの言わぬ唇。信念のひとかけら。

「……ふむ。他人のルーティンを否定するつもりはないが、オレには余計な動作だな」

てんてんと転がる最後のボールを、拾う余裕はなくかごを押して倉庫に向かった。一刻もはやく残像を消したくて、錆びかけて重い引き戸を力任せにこじ開ける。
心臓を鷲掴みにでもされた気分だった。あのテーピングをとりはらった左手に。
バスケしか見てないくせに、バスケにだけまっすぐなくせに、俺の心まで掴んでいくのはやめてくれ。













ロマンチストに続いています






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