あーこりゃダメだわ、ってレベルの高熱が出た。急に出たってわけじゃなく、もう薬で抑えるのも限界ってとこだ。
学校には行ったけれど部活は休むことにした。これ以上は練習に支障が出る。薬で頭がぼーっとしっ放しだったここ数日、細心の注意を払ってはいたが、さてうまく誤魔化せてたもんだろうか、オレの相棒は。


三年の教室まで行って直接告げ、頭を下げる。


「すんません」
「いや、体が資本だからな。暫くは試合もないし、ゆっくり休めよ」
「そーさせて貰います。…あの」
「ん?」
「バレてました?」
「おー粋ってんじゃねーぞ一年コラ」
「ぁ痛ってッ」


後頭部をどつかれてぐらん、と脳みそが揺れた。大坪さんが微かに目を見張る。
やめて下さいよ病人ですって、と振り返ると凄まじい笑顔の宮地さんが血管の浮いた拳をわなわな掲げて立っていた。
あ、ですよねー。


「ぼこぼこスティールミスりやがって、木村でも気付くわボケが」
「おい宮地どういう意味だよ」
「まんまだけど」
「宮地、木村。やめろ」
「やー大丈夫ス、まだ薬効いてはいるんで」
「効いてるうちにとっとと帰れ。そして倒れろ。今すぐ倒れたいなら轢いてやる」
「ひひ、きっつ」


緑間よろしくお願いします、と言うと。宮地さんはさも嫌そうに顔を歪めた。いーからはやく行け、お大事にな、と木村さんが後ろでため息を吐き、大坪さんが軽く微笑む。


「ざけんな。お前によろしくとか頼まれる覚えがねーよ」


やだなぁ、オレにはあるんですよ宮地さん。



教室へは帰らず保健室に寄る。一旦寝ろと体が言っている。まだ昼だし、一時間も寝りゃ家に帰る体力くらい戻るだろ、お邪魔しまーす。
ドアの前に真ちゃんがいた。
面食らう。


「……何やってんの?眼鏡でも割れたの?」
「眼鏡が割れても保健室には来ないとオレは思うが」
「いやいや笑うトコね」
「帰るんだろう」
「…えー、何それ…」
「探していた」


よく見れば真ちゃんはオレの鞄を肩に下げていた。弁当食ったのと聞いた。無論だと返された。まだ昼休み入って10分も経ってないじゃん。いつもゆっくりゆっくり、昼休み半分以上使ってよく噛んで残さず食べるくせに。
先輩らにお願いしますとか言っといて、オレの方が心配されてちゃ世話ない。むずむずと笑い出してしまう、よく訓練されたオレの頬。
保健医のおばあちゃんは「ちょうどお昼だし、ここで食べて構わないから薬飲んでから休みなさい」と言ってくれ、それに甘えることにした。正直空腹感とか、あまり無いんだけど。
簡易ベッドの座り心地は、いつ来てもどこか後ろめたい。


「真ちゃんも弁当持ってきたら?」
「いらん。もう戻る」
「あっそ。…あ、なあ真ちゃん、荷物サンキュー」
「…」
「部活休むっては先輩らに言ってきたから」
「そうか」


ベッドのかたわらに立った、真ちゃんの頭は見上げていると天井についてしまいそうだ。
オレがいなくてさびしーだろーけど我慢すんだぜ?フン、下らん。


「最近、ゲーム形式の練習中心だろ」
「ああ」
「オレの目、知ってっと思うけどべつにマジで見えてるわけじゃないのよ。視野ってか、さっと見たもんを頭ん中に投影して俯瞰で再生してる感じ…あれ真ちゃん俯瞰って分かる?」
「黙って続けろ」
「へーへースンマセン。で、まあ、あんま頻繁にやりすぎるとオレの頭の方がおっつかなくなんの。処理能力…キャパオーバーっつーのか」
「コート全体に、常に集中しているようなものだろうからな」
「あー、そうだなぁ、そんな感じ」


中学んときはこんなみっちりやること無かったからさ、春に比べたら慣れてきたっつっても、ちょっと疲れてたみてーだわ。
茶化せば呆れて辛辣なせりふのひとつもくれるだろうと踏んだのだけれど、聞かれてもいないのに口にした瞬間後悔した。くそ、ダッセェなに今の、なかったことにしちまいたい。なにを言い訳してんだろう。緑間も緑間でなに居座ってんだよ、もー戻るんじゃねーのかよ、早くしないと昼食いはぐれんだろ。お前ふつーに午後も部活もあんじゃん。


「体調を崩すと、弱気になるという通説はあながち間違ってはいないようだな」


呆れたため息が降ってきて、そう仕向けたのは確かにオレなんだけどもはやあまりにいたたまれない。
オマエの眼は、と保健室を乱さない水面のような声色はいつも通りに空気なんか読まない、読む気がないようだった。


「よく見えている割に、自分のことは見えていない」
「…んだよそれ」
「知恵熱を出すほど酷使して、得られるものが果たしてあるのかという話だ」


想像以上に辛辣だった。無意識に用意していた返答(主にはぐらかす専用のやつ)が喉に詰まる。
全く、ぐうの音も出ない。
半分閉められたカーテンの向こうから、「こら、お昼食べないなら寝ちゃいなさい」とおばあちゃんの声がした。すんません。
肩をすくめてのろのろ調理パンの袋を破る。緑間が眼鏡を押し上げた。


「オレは戻る」
「ん」
「それから」
「ん?」
「練習後、オレに付き合う時はその眼は必要ない」
「……、は」
「試合を想定したイメトレを兼ねるのもいいが、それよりしっかりとオレだけ認識してパスをよこせ。じゃあな」


しっかり治すのだよ、
おばあちゃん先生にきちんと一礼までして真ちゃんは保健室から出ていった。
パンとか食べるどころではなく、オレはばったり仰向けに倒れる。お気遣いとは恐れ入った。熱が上がった気がする。
バレバレのお見通しだぜってのを信条にしてきたオレが、まさかお見通される日が来ようとは。
足元を掬われた気分で見つめた古くさい天井が白い。
復活したらなにかしら報復してやろうと気を取り直しパンをかじったところで、まず飛んでくるだろう宮地さんのグーパン及び蹴りに思い至って、ため息と一緒に鼻から笑いが出た。














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