所有欲   承露



 表紙には真っ黒な馬が描かれている。


「読んでる途中か」
 枕元に無造作に置かれていた本に手を伸ばすと、しおり代わりにメモ帳の切れ端が挟まっていた。
「児童文学ですけど、面白いですよ」
 露伴は何が面白いのか、こちらを眺めながら楽しげにニコニコと笑ったままだ。薄い毛布にくるまっていても、その隙間から見える肌の生白さがむしろ際立って見えた。
「映画版を観た事がある。同じ監督が撮った映画が好きで」
 意味もなく本をひっくり返しつつ、露伴に視線が戻ってしまうのはその白さのせいに違いない。我ながら正直過ぎて、つい自分も笑ってしまう。
「ああ、生物学者と……オオカミの話ですっけ?ぼく、観た事ないんですよね」
 タイトルが思い出せない、と言いた気に露伴が少し首を傾げた。それで毛布がずれて、鎖骨の凹凸が露わになった。
「いつか観ると良い」
 やはり視線がそこから動かせずに、言いながらもう一度目で笑った。言ってから、ふと気づいた。
「……おれは、いつその話をした?」
 彼と会う様になってから自分はどうも浮かれているらしく、細かい事は大抵曖昧なまま気にせず流してきた。けれど、映画の話題が出たのは今日が初めてだったと思う。訊かれて露伴の顔が、こわばったのがわかった。

「……それは」
 言い辛そうに、長く息を吐く様な声で露伴が俯いた。ほんの何秒かの沈黙で自分も正直動揺してしまう。
「白状します」
 こっちが今の質問を取り消しても良いんじゃないか、とすら思ってしまった。しかしそれを言い出す前に、露伴は決心した風に顔を上げた。
「貴方の事、本にして読んだんです。それも随分前に」
 露伴の声は思い詰めた様に、けれど酷く真摯な物に聞こえた。


「承太郎さんの中身、すごく面白かったですよ」
 わざわざ、改める様に露伴はベッドの上で正座した。毛布が肩から落ちて全部が露わになってしまう。
「気に入ったページを拝借しようと思ってたんですけど……その、一ページ残らず、面白くて」
 最初は膝の上に緩く置かれていた彼の手が、次第に強く握りしめられていく。
「……どうしてもぼくの物にしたかった」
 けれどその眼は、どこかやはり嬉しそうな光を湛えていた。


 一頻り告白を聞いた後、どう言うべきかわからずに小さく息を吐く。軽く視線を彷徨わせても、露伴がこっちをじっと見つめるのに耐えられず、結局また露伴の方に向き直った。
「不思議だな。どうも怒りが沸いてこない」
 自分の髪を後ろに撫でつけながら、怒る気になれない事が本当に不思議で仕方なかった。
 いつ読まれたのか全くわからない。本来ならもっと様々な感情が浮かんでも良いだろうに、成る程だから知っていたのか、くらいにしか思えない。これはもしかして惚れた弱みのせいなんだろうか。
「ごめんなさい。書いたんです、ぼくが何しても怒らないって」
 言いながら露伴はまた、バツが悪そうに少しだけ俯いた。
「そうだったのか」
 自分はまた、それですんなり腑に落ちてしまう。

「他に書いた事は?」
 ふと気になって口に出してしまってから、別に訊かなくっても良かったと思った。そんな事、実際どうでも良いじゃないか、と。
「……ぼくが言う事、全部信じるって」
 露伴はその問いにも誠実に答えてくれた。また、自分はそれで簡単に納得出来た。嗚呼成る程、わかって良かった、と。

「あんたの事が好きなのは?」
 訊ねながら、少なくとも疑いを持つ事については書かれていないらしいとわかる。もしもこの好意が偽りだったらと想像すると、それだけは酷く、悲しい気がした。
 露伴はまた少し黙ったままこちらを見据えていた。

「……そんな野暮な事、ぼくには……書けませんよ」
 けれどやがて、目を伏せながらか細い声でそう呟いた。

「そうか」
 ようやくそれで安心できた。露伴がそう言うんなら、きっと本当にそうなんだろう。
「それなら、良いんだ」

 嗚呼本当に、良かった。



 2014/02/05 


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