文句を一つ   承露



 いかにも咎める様な口調だった。
「来る前に電話入れてくださいって、何度も頼みましたよね?」
 露伴は急かして入るよう促すと、すぐさま玄関の扉を閉めた。

「悪かった」
 鍵を後ろ手にかけながら、露伴は蛇みたいな眼でこちらを睨んだ。反射的に謝りながら見ると、どうも着替えの最中だったらしい。掛け違えたボタンがあるのに、露伴もこちらの視線でようやく気付いて慌てて直しはじめた。

 道路に面した窓から光は入っているが、明かりの点いていない室内は全体が薄暗く思えた。露伴の骨ばった身体が外から丁度照らされ、細さが服越しに浮かび上がってすら見えた。
「あのねぇ、承太郎さん。……謝って欲しくって言ってるわけじゃあないんですよ、ぼくは」
 忌々しげに言いながら、露伴は壁のスイッチに手を伸ばして電灯を燈した。途端に部屋中明るくなってしまう。
「ぼくは改めて欲しいって言ってるんだ」
 それがむしろ、眩し過ぎて眼に五月蠅いくらいだった。勝手にブラインドを下げて振り返ると、露伴の表情も照明の元で明瞭に浮かび眼に映った。
 さっきよりも姿かたちがはっきりと見て取れる。それなのに、何故だか薄暗い中で見た姿の方が本質に近いのではないか、そんな思いが脳裏を過ぎった。理由を考えるのも面倒だが、こういうのはきっと理屈じゃないんだろうとも思う。年を取って鈍りきった自分には理解しきれない範疇かもしれなかった。
「謝らない方が良いのか?」
「……それはそれでムカつきますね」
 少し茶化すつもりで生真面目な口調を作って問うと、また露伴が嫌そうに顔を顰めた。
 
「謝っても謝らなくても腹が立つんですよ、あんたみたいな人を相手にしてると」
 リビングに歩いて向かいながら、本気でうんざりしている、とでも言う風に露伴は大げさな身振りまで付け加える。妻も似た様な事を言っていたな、と後を付いて行きながらぼんやり思い出した。
 妻と同じだ。同じ様に文句を言いながら、それでもおれの事を未だに好きで居るらしい。自分にはそれが、正直言って理解出来なかった。

「……ああ」
「今、女みたいって思ったでしょ」
 思案の間に気付いたらしい。ジロリと睨め付けられて、怯みそうになるのを何とか堪えつつそっと露伴に服越しで触れた。骨がごつごつと手のひらに感触を伝えてくる。女の身体とは似ても似つかない。
「……自分で言う辺りが一番意地が悪いな」
 つい、軽い反抗のつもりで一言余計な事を口走ってしまう。こっちが文句を一つ言えば十返って来てもおかしくないのだ。また露伴の顔つきが不機嫌そうに曇った。見るのがなんとも忍びなくて、首筋に顔を埋める様にして視線から逃れた。
 骨格の割に肉付きはあまりよろしくない。片腕で抱き留めてもなお余る程細かった。筋肉も相応にあるのに、どうしても華奢な印象が拭えない。
「すみませんねぇ、女みたいで」
 自棄になった様にそう言って、露伴が抱きしめ返してくる。華奢であっても、やはり決して、女ではないのに。
「安心しろ。女はそんな可愛い拗ね方しない」
 そう口に出してしまってから、また一言多かったらしいと、それだけは理解出来た。
 女と一言で言ったとしても、おれの口から出る限りそれが妻を指しているのに気付かないはずもない。苦しげな一種の動揺が、露伴の瞳には浮かんで消えた。
 それでも、文句を言いながら批難しながら、離れようとしないのだ。

 妻と彼は本当に似ているんだろうか?自分には良くわからない。少し遅れて浮かんだ、呆れた様な悔しそうな露伴の表情の意味すら、自分が本質から理解しているとはどうにも思えない。
「……どうしてあんたみたいな奴に惚れちまったのかな、ぼくは」
 全部が全部、自分には理解出来ないままだ。



 2014/01/25 


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