先読み   仗露



 少し手をかざして、「ちょっと待って」と仗助がチェス盤を見下ろしたまま考え込みはじめた。何度目だと批難する代わりに溜息を吐いて立ち上がると、それに気付いた仗助が顔を上げた。
「コーヒー淹れるだけだよ」
 お前も飲むかと訊きながらキッチンを指すと、仗助は納得した風に短く答えて頷いた。

 仗助のクラスでは最近、トランプやオセロの代わりにチェスが流行っているらしい。最初聞いた時は今時の高校生はよくわからない、と思わないでもなかったが、そういえば自分の学生の時にもそんなブームがあったし、ボードゲームの部活動まで盛んだった気がする。自分は既に連載をはじめていた頃で、すっかりそこら辺の学生業に関する記憶は薄れてしまっていた。
 ヤカンを火にかけて覗きに行くと、仗助はまだ次の一手を考えあぐねいていた。
 クラスの連中に中々勝てないから練習させて、と言われて、正直しばらくの間はどうせイカサマを仕掛けてくるつもりなんだろうと、軽く警戒していた。けれど何度か対戦している内に、戦略も戦術も知らないズブの素人なだけだとようやくわかった。それならそれで、同レベルであろう億泰辺りとでも遊んでれば良いだろうに、億泰のクラスでは何故だか花札が流行っていて、それが仗助のクラスのチェスブームよりも相当加熱しているらしい。どうも今は相手を頼める雰囲気ではないらしい。
「ジョースターさんはびっくりするぐらい強かったぜ」
 一度滞在中に手合せしたけど簡単に負けてしまった、と。意地悪く言うと仗助が一瞬拗ねた様に唇を突き出して見せた。けれどすぐに、またチェス盤に向き直る。よっぽど勝てないのが悔しいらしい。
 もしジョセフ・ジョースターが居れば、今こそチェスの指南で親子らしい事が出来たかもしれないのに。勝手に少し、こっちが残念な気持ちになる。生憎彼が帰国して久しかった。

 しばらく黙って悩んでいたが、ようやく決めた仗助は自信なさげに駒を動かした。中々悪く無い手だ。けれど既に読んでいた手でもある。椅子に座り直すまでもなく、立ったまま自分も駒を動かすとまた仗助が頭を抱える様にして悩み始めた。再びキッチンに向かいながら、堪えきれずに一人で笑ってしまった。
 仗助のセンスは実際悪くないと思う。そもそも賭け事、勝負事なんかには向いているタイプに思える。どちらかと言うと勘が鋭いだけかもしれないが。今はまだ感覚が掴めていないだけで、もう少し実戦を積めば遺憾なく才能が発揮されるだろう。クラスの連中とやらに自分が仕込んだ仗助のチェスが通用するようになる、それを想像すると少し楽しみでもあった。

 コーヒーカップを二つ盆に載せて部屋に戻っても、仗助はまだまだ考え足りないらしく貧乏ゆすりまでしていた。無意識なんだろうか。
「何か助言してよ」
 次からは時間制限を設けようと頭の中でぼんやり考えてコーヒーを飲んでいると、仗助が手詰まりだと言いた気に、両の手のひらを頬に押し当てたままこちらに目を向けた。
「そういう甘え方は嫌いだなぁ、ぼくは」
 その仕草がいかにも甘ったれた仗助らしくて、また思わず笑ってしまった。
「ケチ」
 今度は不満げに顔を顰めて、けれどすぐまた盤上を睨む。視線を追うと、次にどっちの駒を進めるのが得策か、と悩んでいるのがすぐわかる。まだ不慣れだからと言って、視線だけで読めるほどまでわかりやすいのは流石に考え物な気がする。

「ぼくが今どう考えてるか予想しながらやれよ。意地をうんと悪くして、想像するのさ」
 コーヒーカップを机の上に置いてから、ヘアバンド越しに自分のこめかみをトントンと指先で突いてそう促す。
「露伴の?」
 仗助は少し驚いたみたいに目を丸くさせて、こちらの顔をまじまじ眺めはじめた。

 テーブルを挟んでいても、チェス盤に覆いかぶさる様な体勢のせいで仗助の顔がやけに近く感じられた。自分で言っておいてなんだが、こうも読み取ろう、と言う風に熱心に見つめられると正直気恥ずかしかった。
「……やっぱ無理」
 けれどやがて、じっとこちらに向けられていた目をふいと逸らされ、肩透かしを食らった気分になる。
「先読みできる様にならなくちゃあ、チェスでは勝てないぜ」
 この一戦も自分の勝ちだろう、そう思って笑いながらチェス盤の縁を爪でコツコツ叩くと、仗助はその指先を見つめて短く唸った後、チラリ、とまたこちらの顔に視線を向けた。
「露伴の顔見てると別の事ばっか考えちまうんスよねぇ……」
 今度はこちらが目を丸くする番だった。

「……ぼくじゃなくてチェス盤を見ろ、馬鹿」
 なるべく渋い顔をして言ったつもりだが、ちゃんと取り繕えたかはわからない。勢いで急かすとようやく仗助も駒を動かした。

 もしかすると精神的に揺さぶりを掛けてきたのか、と疑ったがそれは杞憂だったらしい。仗助にしては粘っていたが慌てた分盛大な見落としを仕出かした。
「チェックメイト、だな」
「あっ」
 チェスの方はまだしばらくこちらが有利のままらしい。そう思うと、少しだけ安心できた。



 2014/01/20 


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