独り言   仗露



「先生、今のって独り言?」
 仗助の一言で、思考がぷっつりと中断される。顔を上げると、不思議そうに仗助がこっちを見つめていた。
「……ぼく、何か言ってたか?」
 筆を止めて思い出そうとしてみるが、描く事に熱中していたせいで自分が何かを言ったという事実も半信半疑だし、そもそも何を考えていたのかも明確にはわからない。首を小さく傾げると、視線の先で同じ様に仗助が頭をもたげた。
「何か、違うーとかこれじゃないーとか」
 読みかけの雑誌に指を挟んで、仗助がぼくの口ぶりをマネして見せる。今練っていたのは漫画に登場させる新キャラで、正直難産だ。確かにそんな事を思っていたのかもしれない。口に出したつもりはなかったが。
「集中してるとね、つい」
 独り言を聞かれたのは正直恥ずかしい気もするが、照れていると悟られるのはなお一層恥ずかしい。ソファーに座り直しながらすまして答えると、仗助もまた雑誌を開いて視線を落とした。
「すげぇはっきり言ってたからさ」
 びっくりした、と、呟きながら微かに笑い、ページを捲る。高校生のクセに一々行動が様になっているのが憎たらしい。もっとも、それを一々気にしてしまう自分の方がどうかしてるんだろう。喜びそうだから、絶対に言ってやらないが。
「独りで暮らしてると増えるんだぜ、独り言って」
 自分ももう一度スケッチブックに鉛筆の先を乗せて、何となく言い訳めいた事を呟く。仗助は大して興味も無さそうに、雑誌から顔も上げないままふぅん、と相槌を打った。

 お互い無言になると、自分の走らせる鉛筆の音、時計の針の音、ページが捲られる音、空調の音、わずかに身動ぎする音。そんなのが急に静かな中で響いて聞こえ、気になってくる。もし今またピタリと鉛筆を止めたなら、その音で仗助が気付くんじゃないかとすら思えた。
 正面の仗助の顔を盗み見ると、仗助もまた熱中する様に雑誌の文を目で追っている。半分は髪型で隠れて見えづらいが、改めて目に力のある良い顔をしている様に見えた。これも勿論、本人に直接言ってやる気はさらさらない。
 そうだ、と思いついて、新しいキャラクターを落書きする。もう少しタレ目にして、けれどはっきりと光の入った瞳にして。ああ、そうそう、こういうキャラにしたかったんだとやっと納得できた。納得できたと同時に、「出来た」と、無意識に呟いた自分の声。それに今度は、自分でも気づいた。

 ついハッと気付いて顔を上げると、また仗助と目が合う。今度は大して驚いた表情はしていないが、こちらが達成感から俄かに口角が上がっていると気付かれてしまったらしい。笑い返されて、妙にばつが悪くなった。
 最近こういう事が増えた気がする。一人で居る時には自分でも気づかなかった事を、仗助に指摘されて、驚かされる。気恥ずかしさはあるが、自然と一人で居る時と同じ様に振る舞っている、という事はつまり、それなりに仗助の存在が馴染んでいる、と言い換える事も出来る。もっとも仗助からすれば空気扱いされている、と取られても仕方ない。没我的になるもの実際の所考え物だ。
 何か声を掛けるべきか考えている内、ふと仗助がページを捲る音が止まったままなのに気付く。視線をやると、まだニコニコと笑ったまま目元のまま仗助がこっちを見ている。
「おれのおふくろなんて、いつでもぺちゃくちゃ喋ってるっスよ」
 何だ、と、視線だけで訝しげに問うと、柔らかく仗助が呟く。一種のフォローだろうか。

 ゲームをやっている時や食事をしている時に話しかけられると一々そちらに気が取られる。それを母親に伝えると、返事は大していらない独り言の様な物で、何なら相槌だっていらない。そう返されたらしい。それなのに、本気で相槌も返さないでいると今度は怒られた。
 あれには困った、と言いた気に話す仗助の笑顔は、その割には柔らかく、いかにも家族の話をするのが楽しそうに見える。お前こそ相槌なんていらないから話したかったんだろう、とか、似た者親子め、とか、言ってやりたい気もしたが、今はその楽しそうな表情を眺めているのが自分も嬉しかった。

「あれって、寂しがってるんスかね」
 けれどふと、急に考えが及んだと言う風に表情が俄かに曇った。そういう時に彼の母親が想うのは一体どんな事なんだろうか。職場の事、家事の事。祖父の事、ジョセフ・ジョースターの事。自身の事、あるいは息子の事。
「そうかもな」
 読めばきっと、簡単にわかるのかもしれない。けれど読むべきじゃないという事ぐらいは自分でもわかる。何となしに彼女に対する気まずさを覚えて伏し目がちに手元を見つめていると、仗助が雑誌を閉じた音がした。
「露伴も寂しいの?」
 だから独り言を言うのか、と。じっと見つめて問いかけてくる、その仗助の目元はやはり力強い瞳に見える。
「馬鹿言うなよ」
 けれど、寂しいのかと問う側の表情の方があんまりに寂しげだなんて、ある意味反則なんじゃないかと思う。

「……お前みたいに騒がしいのが居座ってるんだ」
 わかるだろう?と、視線を逸らしながら呟いても、仗助が笑顔になった気配が勝手に伝わってくる。
 ああ、本当に反則だ。



 2014/08/04 


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