待ち人   承露



 もうすぐ自分の乗る飛行機の案内が流れる頃だろうか。
「訊かないんだな」
 ポツリと呟きながら、早々に食べ終わっていたサンドイッチの包みをぐしゃぐしゃに丸める。隣の露伴がこちらに顔を向けた。
「はい?」
 露伴が咀嚼していたのを飲み込んでしまうまで、少し間があった。こんなに食べるペースが違うなら、軽食程度と言わずもう少し食べ甲斐のある物を注文すれば良かったのかもしれない。
「次は、いつ会えるか」
 アイスコーヒーも、自分の分はもう氷だけになっている。何もしないまま話し続けるのが億劫でつい手に取ると、わずかに氷が解けてて出来た水が口を潤した。
 そんな自分を露伴はしばらく見つめていたが、やがて目を合わせる気がないと悟ったのだろう。また、正面のガラス越しに行き交う人々の群れを眺めはじめた。

 露伴が一口サンドイッチにかぶりつく。視界の端に見える姿よりは、薄らガラスに反映されている全身の方が彼をまじまじ見ていられる。本人は気付いてい無さそうだが、パンの間のハムが今にもずり落ちそうだ。
「待たない事にしたんですよ」
 飲み込むまでの空白が自分には歯痒い。それも知った上で、露伴はゆっくり目の前のサンドイッチを片付けようとしているのかもしれない。いや、ただ単に食べるペースを合わせる必要なんてないと思われているのだろうか。どっちにしても、何故そんなに不味そうに食べる事が出来るのか、自分には良く分らないほど作業的な食事風景に見えた。
「だって承太郎さん、ぼくの所に落ち着く気、ないでしょう」
 けれど。名前を呼ばれた瞬間、ガラス越しにバチリと目を合わせられ、酷く怖ろしく感じた。肉食獣に睨まれたなら、きっとこんな風に胆を冷やすんだろう。
 何か返そうとしても声がかすれて言うべき事が見つからない。一度開いた口を結局閉じると、露伴がふと呆れた様に眉を下げる。それでようやく、緊張が解けた。
「待ちくたびれたって言うか……そもそも性分に合わないなって最近良くわかったんです」
 そう言ってサンドイッチを再び頬張る、その声の調子は淡々としている風に感じる。それでも彼の事だ。きっとそう、見せかけているに違いないんだろう。
 待たない月日は経ちやすいって言いますしね、と、コーヒーで喉の奥にサンドイッチを流し込んでいく。ああ、本当に不味そうに食べるな、君は。

「すまない」
 もう一度コーヒーのカップに手を伸ばして、すぐに飲み終わっていたんだと思い出す。きっとお代わりを頼んでも、今度は彼の方が先に食べ終わってしまう。
「別に、もう怒ってるわけじゃないんですよ」
 もう、という事はつまり前は怒っていたんだろう。当たり前だ。今は怒っていない、と言うのさえ、フェイクであっても可笑しくない。
「でも、自分で出来ない事を他人に求めてちゃあ、やっぱり駄目ですよね」
 やっと最後のパンの切れ端を口の中に押し込んだ。露伴の手元の包み紙の上にはいつの間にか落ちたらしいハムの破片が乗っている。露伴はそれに気を遣る風もなく、コーヒーの方を片付けはじめた。

 そうだな、自分は駄目だな。
 待てと言われてじっと待つのも難しいのに、言われずとも待つだなんて、自分にはきっと出来ない。待ち人が来る気配を見せないのなら、なおさら。


 搭乗のアナウンスがようやく流れてくる。包み紙を皿の上に広げたまま、露伴が先に立ち上がった。
「一応、訊きましょうか」
 重い腰を上げると、見下ろす露伴の表情がガラスを経由するより幾分かは鮮明に目に映る。どういうわけか笑っている。笑ってくれている、の間違いかもしれない。
「何を?」
 例えば別れる気があるのか、なんて訊かれてもまともな返答が出来る気がしない。できれば受け流してしまえればと手荷物を手に取るフリをして目線を合わせずにおいた。
「次に会う予定」
 けれどそう言われて、笑顔の理由がようやく分かった。顔を上げると、露伴はもう勝手にゲートの方に歩きはじめていた。

 短い距離をついて歩きながら手帳を引っ張り出し、何とか次に会えそうな日を告げる。ぎりぎり及第点かなぁ、とでも言いた気に、露伴が伏せ気味の目でまた笑った。
「じゃあ、その日。期待して待ってますから」
「ああ」
 ついさっき待たないと言った口でもう待っている、だなんて。果たしてどちらを信用したものか。

 けれど、もし。

「……待って、いてくれ」
 その日に会えなかったら不味いって事だけは、確かだ。
 


 2014/07/19 


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