重なり 承露



 銀色の重なりが鈍く緩く蛍光灯の光を反射する。

 ガムテープじゃなくて……これは何て言うんだったっけか、ああそうだ、ダクトテープ、ダクトテープだ。
「承太郎さん、痛いよ」
 血が止まる程、とまではいかないけれど、こうもグルグルとひたすら両腕に巻かれてしまっては自力で立ち上がるのにも難儀しそうだ。暗に止めろと言っているのに承太郎さんは見向きもせず、グルグルグルグル、ダクトテープをぼくの両腕にただ重ね続けていた。
 家にダクトテープなんて物はそもそも置いていないので、つまりこれは承太郎さんが持ち込んだ物なんだろう。アメリカ人がダクトテープ好きっていうのなら聞いた事があるから、彼はぼくが想像していた以上にアメリカナイズされているのかもしれない。
「ねぇ。これ、剥がす時、どうするんですか?」
 拘束するにしたってロープなり手錠なり、もっと簡易的な物を使えば良いのになんでまたよりにもよってこれなんだろう。せめてもっと粘着性の弱い紙のガムテープとかが良かったのにな。もし剥がせても、きっとこいつじゃ糊残りがあるだろう。
「さあな」
 ひたすら巻き続けている張本人のクセにまるで他人事みたいな言い様だ。いい加減手のひらの形もテープの上から認識できなくなってきた。まさか一巻丸々使い切ってしまうつもりだろうか。まあぼくのスタンドを封じるにはこれぐらいしないと安心できないのかもしれないけれど。
「酷い人だなぁ」
 きっちり批難するつもりで口を開いたのに、ついヘラヘラと笑いながら言ってしまった。承太郎さんにギロリと睨まれてしまうと、随分深い仲になってきたというのに未だ萎縮してしまう。酷く怖い顔だ。
「どっちが」
 吐き捨てる様に言った後、小さく溜息を吐いてようやく巻く手を止めてくれた。テープを千切る音が妙に荒々しく感じる。破壊音みたいだ。確かダクトテープって、ガムテープなんかよりずっと頑丈だったよな。そんな物でこんなに大仰に拘束されて、一体どれだけぼくのスタンドが怖いって言うんだろうか。

「さあ、教えてくれ」
 椅子を引いてドカリと腰を下ろした、承太郎さんの顔が丁度逆光で一瞬見えなくなった。床に座らされたままでどうにも居心地が悪いけれど、自分で敷いた絨毯があって良かった。ついでにクッションでもあればなお良かったのに。
「教えたらこれ、外してくれるんですか?」
 突き刺さる様な視線が嫌で、腕を掲げてわざとらしくはぐらかしても承太郎さんの眉はピクリとも反応しない。本当に怖い顔をする人だと思う。怖いと思いながらも居直っていられるという事は、もしかすると自分は彼を随分舐めているのだろうか。いや、どんなに拘束されようと、暴力はまずないと理解しているからかもしれない。
「内容による」
 視線を逸らさないのがなおも怖い。怒らない内容ならそりゃあすぐにでも教えただろうけれど、余計怒らせるとわかってるんだから言い出しにくい。そもそも多すぎる。記憶を探ろうかと一瞬目を閉じかけて、すぐ面倒になった。

 ついこちらから目線を泳がせても、ねめつけられているのが肌で感じ取れるんだから堪ったもんじゃない。
「一々覚えてないですよ、書いた事なんて……」
 けれど本当に、多すぎて覚えていないのだ。
 最初は康一くんたちと同じで『岸辺露伴を攻撃出来ない。』と書いたはずだけれど、どんどん親しくなる内にあれこれ書き足すべき事が山の様に増えていった。手の繋ぎ方キスの仕方煙草の煙の吐き出し方。全部が全部、ぼくの好みに合致するよう微調整まで繰り返した。
「全部挙げたら何時間かかるか」
 だから言いたくない、という本音まで口に出してしまうとまた更に彼から睨まれそうで一応そこで区切った。けれどその甲斐なく、一層険しい顔つきになったのが見て取れた。

「先生が利口な人なら一時間もかからねぇだろ」
 頭の良い人間にぼくのスタンドを使いすぎると、どうも脳の中で統合性が計れなくなって、原因がわからず苛々して怒りっぽくなったりするみたいだ。承太郎さんはまさにその症状が出ているらしく、苛々した風に、手に持ったままのダクトテープを指先でコツコツ叩いている。その小さな癖まで書き込んだ事だと言ったら、一体この人はどんな顔になるんだろうか。それも多分、書き込んだ通りになるんだろうけれど、生憎昔の事過ぎる。ぼくの方も頭の中は都合よく改変して生きているおかげで、もう何て書いたか忘れてしまった。
「……今読み返して良いなら、すぐできますよ」
 だからこのテープを解いてくれないかなぁ、と言いたいのは我慢した。一瞬毒気を抜かれた様に眼を見開いた、承太郎さんのその顔もぼくが書き込んだ事。その後吐いた小さな溜息も、きっと全部。

「どうしようもねぇな、アンタは」
 もし読み返してみて、ぼくが書いたと思っている事が本当は書かれていなかったらどうしようか。手の繋ぎ方もキスの仕方も煙を吐く時小さく尖る唇の先も自然な事だったとしたら、そりゃあ嬉しいけれど。けれど、書いたつもりのない事をもしぼくが書いていたとしたら?
「そうなんです」
 もし自分が最初に書いたのが『岸辺露伴を攻撃出来ない。』なんかじゃなくて『岸辺露伴を愛する。』だったり、したら?
「どうしようもないんですよ、ぼくは」

 嘘の記憶を重ねたのは、何も貴方だけじゃあないんだ。



 2014/06/27 


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