泣き言   承露



 ドッと勢いよく血が血管を駆け巡っていく。承太郎はそんな感覚を一気に全身に感じていた。

「何度おれは忠告した?読むなと言ったのが、あんたには聞こえなかったのか?」
 まるで何かが決壊した様だった。なぁ、おい、と何度も繰り返して、血走った目のまま露伴の襟元を掴んで荒く揺さぶった。
 されるがまま、露伴はそんな承太郎から視線を外そうとしなかった。


 承太郎が目覚めてすぐ、その枕元で露伴は「昨晩あなたを本にしました」と告白した。言葉の意味を間を置いて理解したらしい承太郎の、驚愕に満ちていく表情は、おそらく露伴にとって良い見物だった事だろう。

 どうして、何故、そう独り言の様に呟きながら、承太郎は小さく頭を左右に振った。そしてはたと気づいた様に、露伴の顔を正面から睨みつけた。
「あんたがそういう奴だと知ってた、読みたがるのも、当たり前だと……だが……」
 憤りから、承太郎の声は震えていた。同じ様に、襟元を掴んでいる方の手まで、小刻みにぶるぶると震えていた。
「一応言っておきたいんですが、悪用する気はないですよ」
 対して露伴の声はやけに落ち着いていた。間近で承太郎の、一種殺気立った顔をまじまじ見つめておきながら、むしろつまらない事で、と溜息すら吐きそうな気配があった。それが余計に承太郎を逆上させた。
「信用できるか」
 また承太郎は、乱暴に引き寄せて露伴の身体をガクガクと揺さぶった。
「まあ、そうですよね」
 赤く充血した瞳からは、憎悪の念までも感じ取れる様だった。

 承太郎はつんのめったまま、何度か露伴の身体を揺さぶった。それから、急に手を離した。やがて先ほどまでの切羽詰まった様な調子が嘘の様に、今度は怒りを静めて項垂れた。
「……読ませないのはおまえの為でもあった」
 覗き込んでも、承太郎の瞳には露伴の姿がまるで映っていない風だった。
「知ってしまったら、おまえも標的になるかもしれないのに」
 今度は泣き出しそうだった。露伴は慰める様に承太郎に腕を伸ばしかけて、けれどすぐに無駄だろうと考え、引っ込めた。
「おまえの為、だったのに」
 その動作にも、呆けた様に呟いていた承太郎は少しも反応しなかった。

 承太郎が口を閉じて黙り込んでしまったのを、しばらく警戒する様に露伴も黙って固まったままでいた。けれど承太郎が一頻り感情を爆発させ切ったのだろうと気付くと、乱れた自身の襟元を整えてから、また改めて承太郎の顔を下から覗き込んだ。
「今、童話みたいだなって、思ってたんです」
 唐突な事を口走っても、表面上で承太郎はやはり、反応せずにいた。
「忠告を聞きながら守れなかった登場人物は、石にされたり、動物にされたり」
 露伴が焦らす様に言葉を一度途切れさせた、そこでようやく、承太郎は小さく顔を上げた。
「……命を、落としたり」
 今度は、露伴が承太郎の手を取ってもう一度その首に添えさせた。

「そうだな。……殺すのは、易しいな」
 言いながら、承太郎は笑顔を作っていた。もっとはやく気付けば良かったと言いた気に、その瞳には禍々しい光まで差して見えた。
「新手のスタンド使いにやられたとでも言っとけば、きっと皆、おれの言う事だから信じるだろうな」
 また独り言の様に、けれど今度は軽やかな声音だった。露伴に向けて同意を求める様な調子でさえあった。
「別に、あなたが本にされて襲われたところを正当防衛、でも良いんじゃないですか。半分事実だし」
 露伴はやはり淡々と、けれどどこかつまらなさそうなままそう進言を返す。
「問題は康一くんか?彼は賢い」
「ああ、康一くんなら確かに、敏いから」
 承太郎が極めて真面目な顔でそう言うのには、露伴も困った様に、眉を下げて小さく笑った。
「……良いですよ、承太郎さんになら。……殺してくれよ」
 そう、言いながら露伴は顔を傾けて、無防備に首元を露わにして見せた。

「……それとも、生かしておいて監視するか?」
 けれどまた、承太郎の調子が誰にも向けていない独り言のそれに戻った。
「ずっと、あんたを手元に置いて……」
 まるで、目を逸らして逃げる様だった。

 露伴の首筋を撫で上げる、その承太郎の表情はまた一転して、想像を巡らせる様にうっとりして見えた。
「他人と会う機会を一切奪えば……秘密は、守られる」
 そう、承太郎が呟いたのを聞き届けた後。露伴は短く一度だけ、目を閉じた。


「……承太郎さん、誤魔化すなよ」
 そしてその目を開きながら、咎める様なきつい視線で承太郎の顔を射抜いた。
 手を振り払って、呆気に取られた承太郎の顔を両手で挟み込んで無理に引き寄せた。更に真正面から見据えられ、承太郎はそこでようやく、露伴の冷たく思えた瞳の奥底に隠されていた、色濃い憤りを見て取った。
「勿体つけるなよ、なあ!ぼくは疲れちまったし、承太郎さんも壊れて、それでもう、……もう、お終いで良いじゃあないか」
 失望の色も見えた。侮蔑の色もあった。堰を切った様に捲し立てて、けれど最後の方はまるで、泣き言の様に頼り無い嘆きに変わっていた。


「……あんた、ぼくの事を殺す度胸もないのか?」
 露伴の声は途切れ途切れに震え、酷くかすれて聞こえた。



 2014/01/15 


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