延期   仗露



 腕組みしたまま目を細め、じっとおれの顔を睨んでいる。露伴は見るからに不機嫌そうだった。
「どうせ腹出して寝てたんだろ」
 刺々しい口調に反論しようと口を開きかけて、喉の痛みで小さく咳が出る。実際の所昨晩は夏が近づいた蒸し暑さで油断し薄着のまま寝ていたので、咳が出ずとも口籠るだけだっただろうけれど。

 週末晴れたら少しだけ遠出しようと、先に言い出したのは自分の方だ。それならいつでも行ける距離だからと結局行かず仕舞いだった観光地に行こうと、露伴の方も珍しく乗り気だった。いざ起きてみると天気は望んだ通り快晴だったというのに、自分の体調はすっかり愚図ついていた。
「馬鹿のクセに一丁前に風邪ひきやがって」
 露伴は睨みつける視線そのままに次から次へ悪態を吐いてみせる。こっちはソファーに座らされているのに、わざわざ目の前に仁王立ちしているのも余計威圧感があった。いつも何かに怒っている気がするのは、おれが怒らせてしまう回数が多いだけだろうか。怒る才能があるなんて言ったら、きっと余計怒るんだろう。
「ひでー言い方」
 こんな時おれのクレイジー・ダイヤモンドでは病気が治せない事がいつも悔やまれる。もっとも自分の事ならどうせ治せないが。頼りになるのはトニオ・トラサルディーの料理だが、よりにもよって彼は丁度故郷のイタリアに帰省しているらしい。一度料理店の前まで行ってUターンしてきた事を言った時、露伴の眉が一瞬ピクリと反応したのを見て地雷を踏んだらしいと気付いた。
「おれ、一応病人っスよ」
 予定が狂ったのは勿論申し訳ないけれど、ちょっとくらいは優しくしてくれても良いんじゃないかと、若干計算して拗ねた顔を作って見せても露伴の目つきは鋭いままだ。目が吊り上る、という表現が多分お袋の次に似合ってると思う。
「なら家で大人しく寝てろ、馬鹿」
 けれど、露伴が怒っている理由が遠出できなくなった事なんかじゃないと、薄々勘付いてもいる。

「だって……前から約束してたし」
 今度は本当に拗ねた声音になったのが、露伴にも伝わったらしい。視線を彷徨わせて言葉を選んでいる時、僅かに眉間の皺が緩んだのがわかった。
「気合い入れてくぞーって思ってたんスけど、張り切り過ぎてこう、寝れなくて……」
 寝付けないまま明日の事を考える、その時間も自分にとっては楽しかった。けれど結局行けない事態になったのは自分の責任なので申し訳なく居た堪れない。尻すぼみに言いながら露伴の顔をチラッと見ると、いつの間にか完全に呆れた表情に変化していた。

「やっぱり馬鹿じゃないか」
 溜息混じりに呟いて、もう一度ギロリと睨まれた。けれど怒りの度合いが随分優しくなったのが伝わってくる。
「馬鹿バカ言い過ぎっスよ先生」
 文句を言っても聞かずにキッチンに行ってしまったのを、追うか思案して腰を少し上げた所ですぐ露伴が戻ってきた。

「これ、酒じゃん」
 手渡されたガラスのコップに半分注がれた、露伴の持つ瓶のラベルを見ると明らかにワインなのがわかる。飲んで良いの?と目で訊くと、手のひらをヒラリと躱して飲めと促された。おれは知らないけれど、露伴流の風邪の治し方なんだろうか。確かに寒気を感じ始めていた身体が暖まりそうなイメージが、ないでもない。
「飲んだら帰って寝ろ」
 冷たく言い放つ、露伴の方も自分のグラスを持って立ったまま手酌をはじめた。今日はもう一日家に篭ると決め込んだのだろう。
「看病とかは」
「しない」
 ですよね、とまたわざとらしく拗ねて言いつつ慣れない味をチビチビ味わっていると、露伴が新聞を手に取るなり「来週も晴れそうだな」とポツリと呟いて、すぐ顔を上げた。
「……一週間で治せよ?」

 露伴が看病してくれれば一週間も待たず、なんて軽口言うと、また怒らせてしまうだろうか。



 2014/06/21 


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