隠し方   仗露



「遅い」
 今朝の明け方になって急に電話をかけてきたのは露伴の方だというのに、ムスッと顔を顰めてそんな事を言われてしまっては、おれの方も流石にカチンとくるに決まっている。
「また徹夜したんスか?」
 決まっているのだけれど、ここで怒り出して喧嘩になるパターンはとうの昔にやり飽きた。

「アンタ、徹夜しなくても余裕で仕事間に合うっしょ」
 露伴の顔を見ると薄ら隈ができている。どこか顔色自体青白く見えた。露伴の悪いクセの一つで、漫画や興味のある物に一度熱中するとそれ以外の事が極端に疎かになる。特に食事や睡眠は傍で見ていても顕著で、最低限生命維持ができればそれで良いと思っている節があった。
「五月蠅いなぁ」
 露伴は嫌そうに目を細め、こちらが説教しようとするのを押し止める。いつもならもっと口の悪い言い方で何故かこっちの非にされてしまうはずなので、本気で今回は疲弊しているらしい。
「で、何の用事?掃除する?」
 部屋はまあまあいつも通り片付いている、と思いきや足元に脱ぎ捨てたらしいカーディガンが落ちていた。さほど埃が積もったりした風もないが、以前潔癖の気のあるらしい露伴に今から代わりに掃除しろ、と呼び出された事があった。それを思い出したから口に出したのだが、露伴はおれの顔を見たまま肯定も否定もせずに数秒口を噤んで、こっちを困惑させた。
「来い」
 けれど結局、ふいと眼が逸らされて背中を向けられた。
「何?」
 階段を登りながら仕事部屋の方の掃除かと想像していたが、露伴が入って行ったのは寝室の方だった。倒れ込む様にベッドに寝転んだと思うとゆるく手招きされて、素直に座ると頭を膝の上に乗せてきた。

「眼が痛い」
 ゴシゴシと目を擦りながら言う、その手を慌てて止める。神経質そうに細められた目元が微かに充血して見えた。
「だから徹夜すんなって言ってるんじゃん」
 呆れて覗き込むとぐっと唇を結んで何故か嫌そうにする。夜通し描いて疲労がしっかり溜まったのだろう。普段はむしろ気を使って節制しているクセに、一度タガが外れるとこれだから困る。
「良いから。手、貸せ」
 無作法に見ていると露伴が苛々した風に手をグイッと引っ張って、そのまま顔に押し当てられた。
「おれ、アイマスク代わりっスか」
 おれのクレイジー・ダイヤモンドでは眼精疲労なんかの類は治す事ができない、と、露伴も知っているはずだ。またも呆れて言いながら寝室を見回すと、カーテンは閉じられているが隙間から洩れて真っ暗闇というわけでは決してない。きっと今の露伴の目には、僅かな光ももどかしいんだろう。
「もっと早く遮光カーテンにしておくべきだった」
 露伴は忌々しげに呟いて、暗い場所を求める様にギュッと握る手に力を込めて目を隠す。両目を覆うだけならギリギリで片手の手のひらだけでも足りた。
「目薬とか買って来ようか?」
 もう片手で眉間をぐりぐりとほぐしてやると、痛いのか気持ち良いのか小さく呻く。それが妙に可愛く思えるくらいには、惚れた弱みを握られているらしい。
「いらん」
 そんなの気付く訳も無く一蹴する、露伴の声がだいぶ弱くなってきた。本格的に眠りに入ろうとしているんだろう。瞼越しに眼球が小さく動いているのが伝わってきた。

 きっとこれが露伴なりの甘え方なんだろう。今日が日曜じゃなければ呼ばれなかったのかもしれない。つくづく妙な所で不器用な人間だと思う。
「おれ、ホントに居る必要ある?」
「……五月蠅い」
 ぶっきら棒にそう言いながらも手をまたギュッと握ってくる。照れ隠しにしたって、これじゃあ全然、バレバレだ。

「おやすみ、露伴」
 両手ですっぽりと覆えばもう目元は完全に暗く閉ざされる。この闇が、露伴にとって心地良いものでありますように。



 2014/06/08 


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