初夏の夜   承露



 俄かに蒸し暑い夜だった。

 仕事部屋に居ると、座っているだけで妙に自らの体温が上がっている様に感じる。かと言って空調や扇風機を使えば肌寒くなる程度の暑さだ。
 窓を開けると室温よりは少し涼しい風が緩く吹き込んでくる。湿り気と土の混じった様な、それ自体は決して不快でない匂いが微かにした。嗚呼、夏の香りだとふと思う。毎年の事のはずが何故か懐かしい。実際は初夏と言っても、本格的な夏の前には鬱陶しいじめじめとした梅雨がくる。それでもこの時期になると自分も夏への期待を感じているのか、妙に浮足立つ気がした。

 月の光と街灯が疎らに家々を照らす様をぼんやり眺めている内、風が生温く感じ始める。今夜はもう原稿を切り上げて寝てしまおうかと思案していると、目の前の道路を歩く人影が見えた。
「承太郎さん?」
 意外にもそれが一応は知った顔で、つい声を掛けてしまう。言った後で自分が二階に居るのを思い出した。
「先生。こんな夜中まで仕事か?」
 声の主を探す風に少しキョロキョロとした後、気付いた承太郎さんが顔を上げた。距離のせいでよくは見えないが、小さく笑顔を作った風に思えた。
「貴方こそ」
 その距離で話すのがもどかしくて、今降りますね、と声を掛けて窓から離れた。彼からすればそうする義理があるのか微妙な所だろうが、律儀に家のすぐ前で待っていてくれた。

「少し暑いから、涼むついでに散歩してた」
 そう言うならコートも帽子も脱いでしまえばいいのに、と言いたいのを堪えた。
「ホテルから、こんな所まで?」
 代わりに茶化して言うと、また小さく笑って、それでいて何か言いた気に目を細めたのがわかる。何か用事があって来たんだろうと気付くと、彼にも悟ったのが伝わったらしい。一瞬困った様に眉根を寄せたのが、帽子で隠される前にチラリと見えた。

「仗助が教えてくれた」
 真面目な話のつもりなんだろう。僅かに声のトーンを落としたのが、正直こっちとしては少し怖い。
「はい?」
「杉本鈴美の件だ」
 自分にしては察しが悪いと思うが、名前を出されてようやく合点がいった。

「悪いが、スタンドが絡むかわからん内は手伝える事も少ない」
 いかにも気の毒そうに話す、承太郎さんの方こそ自分からすれば気の毒に思えた。最初からこの話をする為に、彼は暗い夜道を散歩と言って歩いて来たんだろう。
「良いんですよ。あいつだって、いきなり解決するとは思ってないでしょうし」
 気休めを言っていると自分で嫌になる。長い歳月待ち続けた鈴美の気持ちを想えば、こんな言葉本人以外が言うべきではない。
「……早く解決するに越した事はない」
 自分個人でならなるべく協力すると、彼が気遣って言ってくれるのは救いだった。
「ありがとうございます」
 なるべく平常心で答えながらも、伏し目がちになるのは抑えられなかった。

 本当はずっと悪い予感が続いている。夏がくるからだと、自分に言い聞かせて焦燥感をうやむやにしているほど。
「……無事に終わると、良いんですけどね」
 今夜の月の色がやけに濃いのさえ、今の自分には何故だか酷く、恐ろしかった。



 2014/06/01 


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