飽きない男   承露



 目が覚めた時にはもう真昼近くだった。

 あと数分もすれば一階の柱時計が控えめな音を鳴らして正午を知らせてくるだろう。露伴の寝室の目覚まし時計は、自分が居る時少なくとも時報の役目をあまり持っていなかった。
 きっと今頃仗助たち高校生は真面目に学校で机に向かっているんだろうにな、と、少し申し訳ない気もする。こんなに長い時間寝ていたのはいつぶりだろうかと考えながら天井をぼんやりと見上げている内、隣から視線を感じる気がして顔を向けた。
「おはようございます」
 露伴は自分よりも先に起きていたらしい。何が楽しいのか、寝そべったまま自分の顔をニヤニヤ見ていた。もう昼だと言うのにカーテンも開けないまま、薄暗い室内でこの男の白い肌は浮かんで見えた。
 起き上がろうとすると、それを邪魔する様に腕を絡み取られた。
「何だ?」
 また枕に頭を沈めながら眉根を寄せて見せても、露伴はニヤニヤ笑いのまま嬉しそうに掴んだ腕を離そうとしない。
「承太郎さんの顔、一日中見てても飽きないなぁって」
 いかにも、新しいおもちゃを見つけた様な言い方だった。きっと露伴からすれば褒めているつもりなんだろう。
 どんなつもりかは知らないが、出会ってすぐの頃からこの男はおれの事をを賞賛してやまない。最初の内は面食らいながらもそういう性質なんだろうと素直に受け取っていたが、あまりに度が過ぎて、最近ではその褒め言葉や視線を不審に感じ始めていた。
「その内飽きる」
 今までだってそういう風に礼讃する輩が居なかったわけではない。完璧だ最高だと、何かを褒めちぎりそして崇拝するのが大好きな連中が、どういうわけか世の中には数あまた居るのだ。その崇拝が、永続する物とは自分には思えなかった。

 なら何故今回に限ってこの手の誘いに乗ったのか、と自問してみても、明確な答えが出る気は全くしない。
「飽きて欲しいんですか?」
 露伴がようやくニヤニヤ笑いを止めた。いざ止められてみると、途端に興味をなくされた風に感じてしまった。
 成る程、どうも自分は飽きて欲しいわけではないらしい。

「顔だけが取り得みたいに言われるとな」
 ゴロリと身体ごと向くと、露伴も同じ様にして、頬杖をつきなおした。
「身体も素敵ですよ」
 それでようやく、視線自体は変わらないと気付く。露伴は真面目な顔でそう言ったと思うと、今度は顔だけでなく上から下まで、無遠慮にジロジロと眺めはじめた。
 そういう事じゃないと言い掛けたが、言おうとして開いた口からつい笑いが漏れてしまう。何とも可笑しい男だと思う。今まで見てきた輩よりも、何十倍にも。
「飽きた時は別の方向から眺めますよ」
 その上、何の気なしにこちらが救われる様なセリフを吐いてくれる。素直に魅力的な男なんだと認めてしまえば良いんだろうが、そうするのも何か勿体ないし気がしたし、少し歯痒かった。

 一階からボーン、ボーンと12時を告げる音が聞こえてくる。
「あの振り子の音、聞いてて飽きませんよね」
 承太郎さんと同じでノッポだし、と、露伴は聴き入る様にうっとり言って、枕に顎を乗せた。目を閉じているのにあのニヤニヤ笑いが戻っていて余計怪しさを感じる。正午になったと言うのにベッドから降りる気配は一切なく、少しだけ呆れたが、同じくらいに面白い奴だとも思ってしまう。

「……あんたが寝てるとおれが退屈だ」
 兎にも角にも、飽きない男だ。



 2014/06/01 


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