扉を隔てて   承露



 眠りに落ち掛けていた意識が無理に呼び戻される。何かと一瞬焦ってすぐ、隣の部屋の電話が鳴っているのだと気付いた。

 隣で寝ていたはずの承太郎さんはもうベッドから抜け出していて、扉に丁度手を掛けたところだった。
「待ってろ」
 ついて行こうとすると、それに気づいた彼から制止させられる。ぼくが動くのを止めたのをじっと見ながら、承太郎さんは扉の向こうへ消えて行った。

 ホテルの部屋にかかってくるんだから、それは承太郎さん宛ての電話に違いない。ぼくが一緒に電話の傍に行く必要はないけれど、だからって別に、彼が気を使って止めたはずがない。あれはきっと、奥さんからの電話なんだろう。

 扉の向こうで明かりが点いた。
 何となく視線を逸らせないまま、胡坐をかいて膝の上に肘をつく。ベッドが小さく軋んだ、その音さえも室内に反響して聞こえる。無理に澄まさなくても、耳が痛くなるほど今夜は静かだ。扉の隙間から洩れる明かりと共に彼のどこか煩わしそうな声がボソボソと聞こえてくる。普段は携帯電話にすら出るのが遅いくせに。もしかしていつもこの時間にかかってくるんだろうか、それとも察知できたんだろうか。自分も祖母や編集部からかかってくる時はコール音が鳴る直前であの人からだな、と気付く事があるけれど、こういう直感は誰もが持つものなんだろうか。

 中々彼の電話は終わりそうになかった。聞こえてくるのは承太郎さんの声だけで、相手方の声は全く聞こえてこない。それでも何となしに、奥さんなんだろうとわかってしまう。内容なんて全く聞き取れないのに、きっと娘さんの話か何かだろうなと想像できてしまうのだ。
 どんなに遠く海を隔てていても、電話の回線一つあるだけで、自分は彼女と彼の間に入る隙間を失ってしまう。いや、元々無い隙をあると思いたいだけだろうか。何と言っても今のぼくには、あのたった一枚隔てただけの扉を、ノックする事も叶わない。

 静かな寝室で、隣から漏れてくる明かりと彼の声が酷く遠く恋しい気がする。一人で居るのが兎に角、嫌だった。
 電話の邪魔なんてしないからできれば傍に居たい。けれどそれこそ、傍に居るだけで彼にとっては邪魔になるんだろうとも思う。こうして聞き分け良く待ちくたびれているのは性に合わないはずなのに、どうしても、彼の邪魔にだけはなりたくなかった。
 こんなに女々しい事を考える自分が気持ち悪いとさえ思う。自分は決して、どこにも連れて行ってもらえないのだ。理解しているくせに、理解しているからこそ彼を求めてやまない。何という浅ましさだろうか。

 膝を抱えると自分が折り畳まれてしまった様に小さくなった気がする。息を吸い込み肺をふくらませば、剥き出しの胸が剥き出しの太ももに沿ってゴツゴツとあばらの感触を押し付ける。それすら今の自分には不快だった。
 そのまま横に倒れ込んで、毛布や彼のシャツと一緒くたに包まれる。それでも考えるのを止める事ができなくて、余計に息苦しくなった。

 嗚呼。いっその事何も考えず、あの扉を開けられる程馬鹿でいれたら良かったのに。



 2014/06/01 


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