陽気   承露



 昨日まで降っていた雨は夜の内に上がったらしい。窓の外を眺めていてふと、散歩でもしようかと思い立ち、行く当てのないままホテルの外に出かけた。
 祖父にも出かけてくると一応声はかけたが、道に出た所で久しぶりの太陽の明るさに目がくらみ、早々にホテルの中に戻りたい気持ちが沸いた。杜王町も東北の気候ながら、この頃は陽気が良い、と言うにはいささか暑さが厳しくなってきていた。
 今日晴れていても明日にはまた雨が降るかもしれないと、そう自分に言い聞かせて、今の内に日光を浴びる為に町に出る。青葉の影をなるべく選んで歩いていたが、それにしたって日光は容赦ない。帽子をいつもより気持ち目深に被っていたせいか、顔見知りの接近に気付かずにいた。

「こんな暑いのに、そんな格好で……大丈夫ですか?」
 急に声を掛けられて驚いたが、おそらく自分の動揺は相手に伝わらないままだろう。横を見ると、いつの間にか岸辺露伴が隣に立って、訝しげにこちらを眺めていた。
 挨拶も無く不躾だと思いつつ、親しいわけではないからそういう人柄なんだろうと納得するほかなかった。大丈夫、というのは、暑くないのかそれとも頭がどうかしてるのか、どっちを問う質問なんだろうか。
「仗助たちにでも言え」
 はぐらかすまでもないが、真正面から受け答えしてもこの岸辺露伴という男には信じて貰えないという気がしてそう答えた。暑くないわけでは決してないが、どうも自分は顔に出にくいらしいとこの二十数年様々な人間に言われ続け、理解した。汗もさほどかいていないから、薄手の露出ある服を着ながら薄らと汗を肌に滲ませている青年からすると、自分は随分奇怪に見えるんだろうと想像ついた。
「もう言いました」
 その汗を嫌そうに眉を顰めて拭いながら、露伴はサラリとそう言ってのける。思わずまじまじと見つめると、何か文句でもあるのかと言いた気に一瞬ジト目で見つめられて内心たじろいでしまう。
「なんでもポリシーらしいですよ」
 もっともそれが顔に出たわけでは、勿論ないだろうが。露伴は気付く様子も無く、学ランにどんなロマンがあるんだかしらないけれど、と、仗助たちの事を馬鹿にしはじめた。どうも一言うと十まで喋り出す性質のようだ。学者か芸術家か、そういう勤勉な人間に多いタイプだ。
「……好きな格好するのが一番だ」
 聞こえない様な音量でそう呟いて、帽子の縁をずらし少し視界を確保する。もし砂漠に学ランで行った事を話せば、きっとまたこの男は嫌そうな顔をするんだろう。彼と波風立たせるのは後々まで面倒になりそうだからと思って、口に出すのは止めておいた。

 散々に仗助たちを扱き下ろした後も、露伴はどうもまだ喋り足りないらしくいつの間にか別の話題に取って代わった。吉良の件での進展はあったかという重要な話題から、雨ばかりで梅雨は鬱屈するという日常的な愚痴まで、立ったまま喫茶店に誘う様な隙もなく、露伴は次から次に話を振ってきた。どうも聞き役に徹する自分の様な相手に飢えていたらしい。最近康一くんが中々捕まらない、という愚痴まであった。
 よくもまあ喋るものだと思いつつ、ああ、だのいや、だの、自分の適当な相槌で満足するなら随分扱いやすくて良いとすら感じていた。けれど、流石に一方的に捲し立てるのに疲れはじめたのだろう。何度か言葉を噛んだと思うと「ちょっと待ってください」と言って手のひらをこちらに突き出した。
 つい、そこまでして喋りたかったのかと笑ってしまった。その笑いに露伴は気付いたんだろう。彼は虚を突かれたと言う風に、僅かに目を瞬かせた。

「……そんなに喋りたいなら、どこか喫茶店でも行くか?」
 もしかすると、自分も誰かと話したくて出かけたのかもしれない。相手は予想外の男だったがこれはこれで愉快に思えてきた。
「いえ、もう今日は……すみません、長く引き留めてしまって」
 露伴の方は、最初の不躾さを感じさせない丁寧な言葉で遠慮して見せた。それがまた何となしに面白く感じる。露伴はやはりこちらの内心に気付く風もなく、喋り過ぎて枯れた喉を撫で控えめに咳をした。
 ふと視線をやると、すぐ傍に自販機があったので、露伴に手招きして勝手にボタンを押す。何が良いかと訊いても答えそうにないので、自分の分と同じ物を選んだ。最初はそれすら固辞しようとしたが、たった缶ジュース一本、奢る内にも入らないと無理矢理握らせる。
「承太郎さんもコーラとか飲むんですね……」
 自分の喉を潤わせていると、何故か感慨深げに露伴が呟くのが聞こえた。
「一体おれを何だと思ってるんだ?」
 本当は仗助がカラオケの時にコーラを飲むと喉の調子が良くなる、なんて言っていたのをふと思い出して、つい押してしまっただけだった。ただ改めて考えてみるとどうにもホラっぽい気がして、今回は言わずにおいた。
「もっと超人染みた人かと」
 缶のプルタブに指を引っ掛けながらの露伴の答えが、またどことなくしみじみした物に聞こえて可笑しかった。陽気な男とまではいかないが、面白いキャラクターで、自分からすれば親しみ易いとすら思う。
「あんたは想像通り、変人だな」
 だからつい、思った通りの事を口に出してしまった。失言かと一瞬考えたが、すぐにまあ大丈夫だろう、と予測がつく。
「……失礼な人ですね」
 もうこの時には、露伴に睨まれても平気になっていた。



 2014/06/01 


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