そういう所   仗露



 仗助の目線が何か言いたそうにチラチラとこちらの足元にいく。言い出すまで何も反応しまいと最初考えていたが、ふと何か違和感を感じて自然に下を向いた。何の事はない。ただスニーカーの靴紐が片方ほどけていただけだ。

 勝手に立ち止まると仗助も足を止めこちらを向いた。きっとさっきからずっとほどけていたんだろう。靴紐の先は僅かに砂埃に汚れ、自ら踏んだ跡が残っていた。
「先生がスニーカーって珍しいっスよね」
 気付いていたなら早々に言ってくれれば良いものを、と思いつつ、わざと言いた気なのを無視していたのも自分なので黙ってしゃがもうとすると、仗助の方が先に腰を曲げて靴紐を摘まんだ。
「おれ、蝶結び得意」
 ニッと笑ったと思うと、適当で良いのにわざわざきちんと長さを調節して靴紐を結んでみせる。ただ結ぶだけの事に得意もなにもあるか、と言い掛けたが、仗助が跪いている状況が俄かに愉快でそのままするに任せておいた。

 仗助がやった方はほんの少しきつく結ばれ、ほどけていなかった方との違和感がまだ残る。けれどこれなら簡単にほどけたり脱げたりという事はないだろう。
「すげぇ昔練習しまくったんスよ。ガキの頃はおふくろがやってくれてたけど、いざ自分で結ぶと難しくってさぁ」
 立ち上がった仗助が得意げに言うのに一瞬茶々を入れてやろうかと浮かんだが、結局またそれは言わず仕舞いになった。

「……君のそういう所は興味深いな」
 代わりに顎に手をあて感心した素振りで呟くと、仗助が何の事だと言う風に唇を曲げた。
「些細な事でも家族に結び付けるだろう」
 その唇を悪戯心で摘まむと眉根を寄せるが振りほどこうとはしない。従順な犬の様で愉快だ。
「ぼくはそういう考え方をしてこなかった」
 別段家族に不満はないが、こういう時にスッと家族の事が出てくる事が自分にはなかった。仗助が特別なのか、それとも自分の家族関係が希薄なだけなのかは知らない。ただ自分にはない部分をこうして発見する度に、何となしに羨ましい様な微笑ましい様な、どちらかと言えば好ましい気持ちになる。
「先生、ホント小難しく考えるの得意っスね」
 だからと言って全部が全部好ましいわけでもない。摘まんでいたのを離してやった途端に笑い出す、そういう所はどんな理由にしたって気に食わないものだ。

「偏屈で悪かったね」
 ジロリと睨むと困った様に眉を下げながら口元の笑顔を崩さない、そういう対応は中々自分には出来ないので内心素直に感心する。自覚ある神経質な自分と比べて、仗助は髪型の事以外でなら随分大らかな人間と言えるだろう。
「またそーやって曲解する」
 もっともこういう人間でないならきっと、ぼくには付き合いきれないんだろうとも思う。見るからに人の良さそうな笑顔を向けられるとつい、文句を言い続ける気がそがれてしまうのだ。
「……そういう所も好きって事っスよ」

 ……決して絆されたと、認めたくはないけれど。



 2014/06/01 


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