祭り囃子   仗露



 膝に立て掛けたスケッチブックの、その白い紙の端が吹かれるままチラチラとひらめいて眼に明るく映る。
 風に乗って、どこからか太鼓の音が途切れ途切れに耳まで届いた。

 ふと顔を上げると、仗助も囃子に気付いたらしい。風の吹いてきた方角を立ったまま、遠い視線で見つめていた。
「もうすぐ祭りがあるんスよ」
 夏の祭りの方が外の人には有名だけど、と。腰掛けたままその顔を見上げていると、仗助が思い出した様に少し笑って言って、こちらを向いた。
「……それぐらい知ってる」
 去年も居たんだからと、そう返しながらスケッチブックに視線を戻して、描きかけだった河川敷の絵を仕上げにかかる。日の高い内に済ませるつもりだったのが、気付けばもう夕暮れが迫っていた。

「太鼓の音、あまりこの町にはなじまないな」
「そう?」
 描いている間待つと言ったのは仗助本人だから別段気を使う必要もないだろうが、何となしに待たせている負い目を感じていた。手を動かしながら話題を作ると、仗助が背を少し丸めて手元を覗き込んでくる気配を感じる。また太鼓の音が、微かに遠くから聞こえた。
「おれもガキの頃、あれで踊った事あるなぁ」
 思い出に浸る様に感慨深げな声に、思わずチラッと仗助の方をまた見てしまう。目が合うとニッと少しだけ笑顔を作る、その表情につい反応してしまうのが自分でもわかる。認めるのも癪で、また目を逸らした。
「扇子持ってハッピ着て……でも全然どんな振付だったか覚えてねぇっス」
 座ったまま見なくても、仗助が記憶を探りながらどんな動きだったかと手を動かしているらしいのが学生服の布地が擦れる音で伝わってくる。見たい気も多少起きたが、ようやく絵に区切りがつきそうだったのでそのまま手元に集中した。描き終わるまではほんの数十秒だったが再度顔を上げた時にはもう、仗助は踊りの動きを止めていた。

「先生一緒に行きます?」
 スケッチブックを閉じるのをじっと眺めていた仗助が、さも今思いついたと言う風に笑って、夕日に目を細めて見せる。
「君と?嫌だね」
「康一、ぜってー由花子と行きますよ」
 どうせなら康一くん辺りと、と付け加える前に先手を打たれて思わず睨みつける。何が可笑しいのか知らないが、それでも仗助は笑ったままだった。

「けどあんた写真撮りまくってうろちょろするからなぁ……すぐはぐれそう」
 荷物を肩に掛けて立ち上がろうとすると、仗助が手を差し伸べた。祭りにはもう勝手に行くつもりになっているらしい。余計なお世話だと言わない代わりに仏頂面で握ると、片手で難なく引き起こされた。
「そうだ。手、繋げばはぐれないかも」
 急に立たされた勢いで驚いてるのにもお構いなしに、仗助が一瞬握っていた手の力を緩め、すぐにまた力を込めてニッと笑う。

「……それじゃ撮れないだろ」
 自分でもわざとらしいと思いながら嘆息する。
 その間もどこからか、太鼓の囃子は聞こえ続けていた。



 2014/06/01 


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