二言   仗露



 暑い国にいると自然に杜王町の事が思い浮かぶ。
 あの町の暑さは照りつける鋭い日差しの中にありながら、どこか日本離れした爽やかさを感じさせた。


 バスを降りながら、やっとホテルに辿り着いたと心中ホッとしていた。はじめて訪れたスリランカという国は想像していた通り暑く湿っていて、どうにも自分には合う気がしなかった。もっと高地を選べば快適だったかも、とも思ったが、シャワー完備でエアコン付きで、と条件の良い宿泊施設を探すのは骨が折れる。従業員の殆どに書き込み、それなりに待遇の良くなったこのホテルから今更移動するのも面倒になった。まだ近辺で行きたい場所も多く、残りの滞在期間も結局は最初から拠点にしているここが一番良いと思えた。
 暑さと湿気でベトベトな身体が鬱陶しくてはやくシャワーを浴びたい一心で部屋に向かっていると、岸辺サン、と、片言ながら日本語を話せる従業員が声を掛けてきた。何やら届いている物があると聞いて訝しくも思ったが、丁度良いので部屋に持ってくるついでに紅茶も注文した。
 部屋に入って荷物を置いて、またようやく人心地着いた気分でエアコンをつける。なんならベッドにダイブしてしまいたいが、汗を流してからだと我慢して紅茶が来るのを待った。クーラーにあたりながら、その人工的な冷たい空気は行きの飛行機の中を何となく思い出させる。寒いくらいの飛行機内の温度で少し油断していて、降り立った時には暑さで一瞬目の前が眩らみ、いきなりこの国の洗礼を受けた気がした。実際には日本の夏とそう変わらないのかもしれない。それでも何となく、自分にはこの国が酷く暑い国に思えて仕方なかった。

 じきにドアのノックが聞こえ、紅茶と共に先ほど届いたというエアメールも渡された。その頃には随分と汗も引いていて、紅茶を一口飲みガンガンに効かせた冷房を弱めてから、ようやくその封筒を手に取った。もし送ってくるとすれば編集部だろうが、それならまどろっこしく手紙ではなく電話で直接用件を伝えてくるだろう。そう思いながら署名を見ると、東方仗助という名がはっきり記されていて、正直驚かされた。
 目を丸くしながら意味も無く封筒を裏返して、また署名を見て、そう言えば何日か前に送った手紙に入れたポストカードがこのホテルで買った物だったのを思い出す。もしこの手紙が届く前に帰国していたらどうするつもりだったんだろうと思わないでもないが、どうせ仗助の事だ、何も考えずに送ったんだろうとすぐ想像できた。

 本当は最初、スリランカに居るというのを伝えるのは億劫だった。ただでさえ普段行かない様な国で、しかも今は中々キナ臭い情勢不安の真っただ中だ。編集部にも散々行くなと止められたが、一番気がかりだったのは仗助を不安にさせないか、という点だった。
 以前、特に伝える事もなく海外に取材旅行した際、帰国して待ち構えていたのはほとんど泣きそうな顔の仗助による非難の嵐だった。後から聞くと居ない間、随分心配して町のあちこちを探し回っていたらしい。最終的に康一くんに伝えていたおかげで編集部にまで問い合わせる事はなかったらしいが、仗助からすると自分に伝えていなかったのが余計腹立たしかったらしい。その時以来、自分は旅行となるとつい仗助の泣きそうな顔が思い浮かんで、どこそこに行ってくる、と一言残さないと気が済まなくなってしまっていた。
 いつもならイタリアだのフランスだの、一言のついでに行先も告げる様にしていたが今回は何となく、余計な心配を掛けそうであえて国名を告げずにきた。けれど一時的な外出禁止令やうだるような暑さの中で暇を持てあます内、ふと知らせなかった事にすら仗助なら不信感を持つかもしれない、と、自分まで余計な心配をするようになってしまった。結局、時々やる様に現地のポストカードを送って無事と、それからさりげなく行き先を知らせておいた。ただ、それに返事が返ってきたのは今回がはじめてだった。
 もしかしてどこからかスリランカの情勢を聞きつけて、文句を寄越してきたんだろうかと一瞬開けるのが嫌になる。けれどすぐ、封筒の薄さに気付いた。どうも、いつものポストカード一枚だけの手紙を仗助はマネして返してきたらしかった。

 開けてみると、中からはポストカードよりも薄い、一枚の写真が出てきた。返事なら杜王町の観光名所かと想像していたが違った。明らかに誰かに撮らせた、仗助のバストアップだった。
 きっとこうして送る為にわざわざ撮ったんだろう。仗助はやけに楽しそうな良い笑顔で、見ただけで思わずニヤリと笑ってしまった。
 まじまじと良く見ると、顔の横に黒いサインペンで吹き出しが描かれていた。中には一言、『こっちも暑い!』とだけ書かれている。そう言えば送ったポストカードの裏に、暑いと一言愚痴を書いたのを思い出した。しばらく眺めている内、仗助が暑さでぐったりとしている、その表情まで声と一緒に想像ができた。

 一言に一言で返事を返してくるなんて、何てお互いエアメールの無駄遣いだと思いつつ悪い気はしなかった。けれどふとひっくり返した裏面に、『でも、はやく帰ってきてよ。』と、二言目が書かれているのにようやく気付いた。今度は、声を立てて笑ってしまった。
「負けたよ」
 思わず独り言を呟いても、中々笑みが消えそうになかった。
 シャワーを浴びたらすぐ、帰る準備に取り掛かろうと思い紅茶を一口呷る。

 暑さに参るならこんな遠い国じゃなく、あいつの居る杜王町の方がきっと、良い。



 2014/06/01 


SStop











人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -