裏の裏   承露



 自分では、切り出すタイミングが上手く計れない。
「先生に書いてもらいたい事があるんだ」
 けれど彼の視線が逸れた所でようやく口がきけた。ティーカップが唇に触れる直前で、露伴は手を止め顔を上げた。

「一応訊きたいんですが、絵じゃなくてスタンドで、って事ですよね?」
 改めてまじまじと見つめられて、ついまた口籠りそうになる。堪えながら見つめ返していると、露伴は訝しげに目を細め、少し首を傾げた。
「そうだ」
 少し言葉が詰まってしまった気がする。ばれても別に構わないと思いながらも俄かに恥ずかしさが込み上げてくる。もっとも自分の仏頂面を見て、彼がそれを読み取るとも思えなかった。
「……まあ内容によりますけど、ぼくにお手伝い出来る事なら」
 ほんの数秒、露伴は考える風に間を置いた。きっぱり断るのではなく言葉を濁した上、どことなく探る目付きになっている。スタンドを自分の利益になるもの以外に使う気がないのかもしれないし、単純に彼の好奇心を刺激してしまっただけなのかもしれない。
「わざわざ呼び出してまで頼むくらい重要な事なんですか?」
 足を組み直しながら、また露伴は小さく首を傾げた。紅茶を口に含みながら、こちらの発言を促す様に柔らかく微笑まで浮かばせている。きっと今までもこうやって色んな人間から話を引き出していたんだろう。
「悪いが私情だ」
 自分も余裕があるような体で苦笑して見せる。露伴が少しだけ意外そうな目を向けた。

「承太郎さんが個人的に、って事ですか」
 好奇心がやはり疼いているらしい。僅かに語尾が楽しそうに跳ねたのがわかった。大方、吉良の一件に関わる事か、あるいは別のスタンド関係、財団の仕事に関しての依頼だと予想していたんだろう。
「ああ」
 逆に、自分の声が沈んでいるのも良くわかった。再度言葉に詰まりかけて、羞恥心から一瞬目元を手で覆う。けれど一度言い始めた事を取り消すわけにもいかずに、結局ゆっくり顔を上げて真正面から視線を合わせた。

「……おれは先生に惚れてる」
 また、露伴がティーカップを口に運ぶその手の動きをピタリ、と止めた。

「だから、その部分を消すなり訂正するなり、して欲しい」
 露伴の表情をはっきり確認するのが怖い。堪らずに視線を泳がせ、途切れ途切れに付け加えている間も、彼がこちらをじっと見ている視線が感じとれた。
「……そんな告白の仕方がありますか?」
 けれど、ほんの少しの間を置いて聞こえた声が、呆れた調子ではあったけれど、予想していた様な重たいものではなかった。
 目を向けると、露伴の方もいつの間にか顔をそらしていた。

「あまり、先生を困らせたくないんだ」
 これは本心だった。好意を寄せるには、既婚者で同性で年上の自分は迷惑をかける立場にしか成り得ないだろう。
「勝手な人だな」
 こちらを向いてくれないまま、露伴はそう切って捨てた。確かに自分は勝手な人間だと思う。もし書き換える能力を持つ人間が露伴でなかったなら、自分はこんな方法を取りはしなかったはずだ。忘れさせて欲しいと言いながら、想いを告げて本人に揺さぶりを掛けている。これが身勝手でなくて何だと言うのだろう。

「引っ掛けるつもりじゃないでしょうね」
 ボソリと彼が呟いた、その言葉の意味を一瞬理解しかねた。
「書く時に、本にして読めばわかる事だ」
 遅れて、この身勝手さが計算の内ではないか、裏があるんじゃないか、そう露伴が疑っているんだろうと理解した。もしかすると自分は無意識に引っ掛けようとしているのかもしれない。

「…本当に、消して良いんですか?」
 けれど、再び見据えられて射る様に投げかけられた問いかけに、また言葉が詰まってしまう。
「……読めば、わかるさ」
 何とか声に出しながらも、視線をそらさずにはいられなかった。

 そんなの、本当は消されたくないに決まってる。



 2014/03/10 


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