雪暮れ   仗露



「何だい、それ」
 露伴が指さすと、仗助は何か誤魔化す様な笑顔で自分の髪を撫でつけた。玄関の横には隠す様に大柄なスコップが立て掛けられている。露伴の家には無い物だった。
「いや、雪かき手伝うつもりで来たんスよ」
 言いながら、仗助が背後にぐるりと視線を向ける。仗助が自宅の雪を下ろすのに手間取っている間にも雪はパラついていたが、今はもう止んでいた。露伴の家は昼を過ぎる前に除雪を一度済ませたらしく、後から積もった雪が庭を薄らと白く見せるに留まっていた。
「これ、自分でやったの?」
「業者に頼んだ」
 納得した顔の仗助が冷たい風で身震いした。それを見てようやく露伴も入るよう促して玄関を閉じる。風がない分、空気の滞った室内はそれだけで温かく仗助の頬の冷えを溶かした。

「週末もまた降るみたいっスね」
 手袋を脱ぎながら、仗助が小さく顔を顰めて雪雲で薄暗い窓の外を見つめた。S市杜王町は位置こそ東北にあたるが、雪の降る日はさほど多くない。それがこの年は稀な事に大雪の日が多くあった。
「去年より随分降るな」
 露伴も釣られる様に外に目を向ける。特に幼い子供達にとって、ここまでの降雪量は生まれて初めての体験なのだろう。目の前の通りを小学生達が足を取られない様、懸命に走って行くのが見えた。
「そっかぁ、先生もう二年目か」
 仗助の口ぶりはどこか嬉しげだった。仗助達が実際に知り合ったのは五月を過ぎてからだったが、露伴がこの町に住み始めてからはもう一年以上経過していた。
「……まあ、良い町だな」
 何を言うべきか、露伴は一瞬眉根を寄せて迷っていた。仗助が嬉しそうな理由が何となしに察しがつくからこそ、素直に喜ぶのは癪に感じるのだろう。それでも結局迷った末に、この町に馴染んだ事実を認めた。

 露伴の素っ気ない口ぶりを聞いても、仗助はまた嬉しそうに破顔して見せる。小突くつもりだったのか、露伴が上げた手を仗助が自然な動作で握り返し、驚かせた。
「あれ、何で露伴の方が手冷てぇの?」
 室内に居たくせにと、仗助の方も露伴の指先の冷たさに少し驚いた様な声音になった。ギュッ、ギュッと温める様に両手で指先を握ると、顔を小さく顰めた露伴に振り払われた。
「お前が子供体温なだけだろ」
 再度素っ気ないく切って捨てながら、何か誤魔化す様に露伴が視線を彷徨わせて窓の方に目を止めた。釣られて仗助も外に目をやる。風は止んでいたが、いつの間にかまた静かに雪が降り始めていた。

「また積もるんスかねぇ」
 日暮れも近づいて、余計外は薄暗くなり始めた。降る雪に阻まれて目の前の道も見えづらくなる。仗助が目を凝らして外を眺めるのが雪にはしゃぐ犬を連想させて、一瞬にやっと露伴の頬が緩んだ。
「……強くなる前に帰れよ、お前」
 けれどすぐ、仗助が顔を向けた瞬間に表情を戻した。
「おれ、今来たトコっスよ?」
 それに気付いたわけではないだろうが、仗助はやはりものともせずに笑顔を作って見せる。
 帰るどころか勝手に鼻歌交じりでリビングに進んで行く仗助の背中を目で追いながら、露伴は観念する様に小さく、苦笑交じりの溜息を吐いた。



 2014/02/21 


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