言葉の一端   承露



 何でも調べたい事があるとかで、承太郎さんから康一くんにイタリア語を習得させて欲しいと頼まれた。
 興味が沸いて「ぼくが行っても良いんですよ」と申し出たけれど、先生じゃ余計な事にまで首を突っ込みそうだと一蹴されてしまった。

「承太郎さんって、何語でものを考えてます?」
 その相談事のついでに家で昼食を食べながら、ふと気になって訊ねてみる。
「……考える時、か?」
 承太郎さんの方はもう食事を終わらせていたけれど、律儀に新聞を閉じてぼくの問いに首を傾げてくれた。

「承太郎さん、日本語で喋ってても時々英語が出るじゃないですか」
 ふとした瞬間に発音の良い英語が彼の口から零れるとドキッとする事がある。特に電話口ではそれが顕著で、唐突に英単語が挟まれると強く印象に残った。
「あっちでのクセがついてる」
 当人はあまり意識していなかったらしく、承太郎さんはまた小さく首を傾げて、顎を擦った。
「ぼくも英語くらいならそれなりに喋れるけど、思考自体は日本語でしか行えないんで」
 なるべく多国語を喋る時、思考と発言のタイムラグは作らない様にしてきた。けれど、どちらかと言うと喋るより読み書きの方が得意な方でもある。彼が時々英語が出るのと同じ様に、外国語を喋っていても時々口をついて日本語が出る事があった。
「……おれも日本語だな、大体は」
 しばらく考えていた承太郎さんは吟味するみたいに目を閉じていた。確かに英語圏も又にかけて生活しているんだから、ぼくよりも混ざり易い立場だろうと思う。
「へぇ。本にしたら、面白そう」
 良いネタだと思って、箸を置いて傍に置いていたスケッチブックを引き寄せる。忘れない様にメモしてから顔を上げると、その様子を呆れ半分に承太郎さんが見つめていた。

「……あんたのスタンドで本になると、日本語で書かれるのか?」
 少し恥ずかしくなって、急いでスケッチブックを閉じて再び食事に戻る。承太郎さんは子供を眺める時みたいな和んだ表情で片肘をついた。
「日本人のぼくの能力だからか知らないけど、まあ大抵日本語ですね」
 自分の記憶を頭の中で探ってみると、自然に読んではいたが猫やら犬やらまで日本語で書かれていたし、日本語で書き込んだ命令に従っていたと今更気付く。
「でも外国人だと表現が翻訳調になってたりして、面白いんですよ」
 一度トニオに頼み込んで本にさせて貰った時、本の記述の中までもが彼の喋る畏まった物言いを彷彿とさせていて、俄かに驚いた。
「あと、外国語にしかない表現だとそのまま書かれたりもするみたいですね」
 ぼくが意味を知らず、また相手が日本語での表現に心当たりがない単語だったのだろう。そういう言葉はその国の表記のまま書かれていて、後から辞書を引く事でようやく理解できた。
「興味深いな」
 承太郎さんが少し感心した様に、また顎を右手でゆるりと撫でた。
「でしょう?」
 それが嬉しくて、箸を置いてヘブンズ・ドアーを出して見せる。相変わらず子供の成りだが格段に能力の幅は増えているし、結構な人数を読んできているがまだまだ底は見えていない。康一くん達が止めなければもっと堂々と手当たり次第実験してみたいくらいだ。それを知っているからこそ、野放しは危険だと考えて承太郎さんもぼくに今回のイタリア行きを頼まなかったのかもしれない。
「承太郎さんがどんな風に本になるのか、……見てみたいなぁ」
 いたずらする様な口調でそう言いつつ、本気でスタンドをけしかける。彼を本にした時の日本語以外の割合を調べてみたくなった。もっとも知り合った当初から、本にしたいと常々思っている。
「やめてくれ」
 けれど今回もまた、小さく笑って簡単にあしらわれてしまう。いつの間にやらヘブンズ・ドアーはスター・プラチナに押さえ込まれていた。
「ケチだなぁ」
 手足をばたつかせる自分の分身が可哀そうで、早々に降参のポーズを取る。勿論諦めきる気は毛頭ないけれど。それを知ってか知らずか、承太郎さんは一瞬押し黙って、ぼくを見つめてきた。

「……今夜はどうやってベッドに引きずり込むか、丁度考えてる所だからな」
 今読まれると困る、と。ニヤッと笑って見せる承太郎さんに、思わず目を丸くしてしまう。
「……余計気になるじゃないですか」
 この男がどの国の言葉で不埒な計画を立てているのか、想像してみるだけでも愉快で堪らなかった。



 2013/08/08 


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