拘束具   承露



 床に脱ぎ散らかしたままだった衣服を探って、露伴はベルトだけを抜き出した。
 そのベルトで、背中を見せて寝転んでいる承太郎の肩を緩く叩いた。細身のベルトは手加減もあってペチペチと小さい音が鳴る程度に止まった。承太郎の肌に痛みを与えることもない。それでも承太郎は怪訝そうに顔を顰め、露伴の方へ身体を向き直らせた。
「そういう趣味はないんだが」
 露伴の手からベルトを奪い取って、承太郎自身も自らの手のひらに数度打ち付けて見せた。発した言葉と違って、露伴が叩いた時よりも力が込められている。数段強い音が室内で響いた。
「ぼくはちょっと興味ありますね」
 いたずらに笑って、露伴は叩いてみろと言わんばかりに承太郎の手のひらを握った。胡坐に頬杖をついてニヤニヤと笑う、露伴のその表情を見て承太郎も、ふっ、と小さく笑った。
「……単純な知的好奇心って意味ですけど」
 握り返された手を離さずに、露伴はとぼけた様な口調で首を傾げた。

 あらゆる事柄を漫画の糧と言い訳できる。露伴がその立場を自覚して利用するようになったのは、承太郎と関係を持ち始めてからだった。承太郎との駆け引きをやり過ごす中で、自身の狡猾さを意識せざるを得なくなった。
「どっちだ?」
 それが露伴は内心酷く恥ずかしかった。今も妙な言い訳をしたことで羞恥心が沸き立っている。そのせいも相まって、承太郎の言葉が何を指したのか一瞬理解できなかった。

「どっちもかなぁ」
 それでも、心情を悟られない様必死に思考を巡らせて、またいたずらっぽく笑みを浮かべ、返答をした。承太郎は薄らと笑いながらベルトをしならせていた。それを見て、叩く方か叩かれる方か、SかMどちらに興味があるのか訊ねられたのだろうと、露伴は何とか推測できた。
「腕」
 露伴の推測は間違っていなかったらしく、承太郎は表情を変えなかった。
「はい?」
 代わりに腕を取られ、露伴の方は少し戸惑う。抵抗はしなかったが、緩くベルトで鞭を打たれ、僅かな痛みに顔を顰めて見せた。
「縛ってやろうか」
 承太郎はまだ笑ったままそう言って、ベルトをぐるりと露伴の腕に巻き付けた。ギチッと音が鳴ったが片腕だけで、力もさほど込められていない。優しい拘束に露伴も声を出して笑った。
「仕事に支障が出そうだなぁ」
 露伴がそう渋ると、承太郎も簡単にその拘束を解いた。お互いSMの才能は無さそうだと悟った。悟った後で、傷付け合っているクセに馬鹿みたいだと、それぞれ勝手に思惑する。
「親指二本を繋ぐだけでも拘束には充分って聞きますけど」
 そんなことは何一つ考えてないとでも言う風に、自由な左手の親指を見つめ、露伴は呟く。そのまま爪を噛んで、滑った歯がカチ、カチと鳴る音を響かせた。
「やってみるか?」
 承太郎はその左手を露伴の口元から手繰り寄せて、ぎゅっと親指と親指を合わせ握る。上機嫌そうな顔で言うのが露伴には可笑しかった。
「あんたの方がノリノリじゃあないか」
 考えときますよ、と受け流して、ふと思いついた様に露伴はまた左手だけを、承太郎の手から抜き出した。

「けどそれより、もっとずっと簡単な拘束が良いな」
 言って、承太郎の両手に左手をそっと添える。窺う様に見つめる承太郎を一度上目使いで睨め付け、露伴は跡の薄ら残る薬指を摘まんで見せた。
「こっちなら、指一本分で済むよ」
 露伴は指輪の跡をわざとなぞる。それを見ながら承太郎は答えに詰まって黙った。

 露伴の真意が承太郎には計り兼ねた。考えておく、と目を伏せた承太郎の態度を見て、うやむやにするつもりだと責める気が起きないわけでもない。それでも露伴は笑ったまま、承太郎の身体に縋った。
「楽しみにしておきますよ」
 不要になったベルトはまた、無造作に床の上に落とされた。



 2013/07/26 


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