炭酸味   仗露



 クーラーを効かせた室内がもはや一つの風情と成り果てている。
 日本の夏ももはやこれまでだと勝手に結論付けながら、正面に座った仗助が雑誌を捲る手を止めたのにふと気付く。頬杖を崩さない様に視線だけ仗助の顔に向けると、いかにも『視線が合って嬉しい』と言いた気に破顔した。

「先生、珍しくぼーっとしてるっスね」
 言いながら、仗助は持参してきた炭酸水のペットボトルに手を伸ばした。表面を伝う水滴が閉じた雑誌にポタポタと落ちていく。それを気に留める風もなく、仗助は美味そうに中身を一口呷って見せた。
「何か考え事っスか」
 ぼんやりしていたのは事実で、確かに何事か考えていた気もする。けれど話しかけられれば霧散してしまう様な内容だったことも確かで、思い出そうと思考を探る気も起きなかった。

「君を見てた」
「……はいぃ?」
 適当なことを言ったと自分でも思ったが、視界に入っていたからこそ仗助が雑誌を読み終えたことに気付けたのだから嘘にはならない。仗助は一瞬押し黙ったが、すぐ驚いた顔をして首を少し傾げた。
「何だよ」
 仗助の反応で、ようやく恥ずかしいことを言った様だと気付く。なんとも思わない風に返しながら、気恥ずかしさを誤魔化す為に頬杖を解いて椅子の背に体重を預けた。
「いや、だって」
 仗助はまだ戸惑った様な、どこか嬉しそうな顔でモゴモゴ何か言おうとしている。手元の雑誌をまた開いたり閉じたりする、その様子がやけに高校生らしくて笑えてきた。

「仗助」
「ん?」
 名前を呼ぶと弾かれた様に顔を上げる、その表情はやはり嬉しそうに綻んでいる。こんな図体をしておいてまだ十六歳なんだった。
「そろそろ、言わなくってもわかる様になってくれよ」
 わざとらしくため息をついて、その後に柔らかく微笑みかける。仗助はまた驚いた様に表情を二転三転させた。からかい甲斐のあるガキでこっちまで嬉しくなってくる。
「構えよ」
 椅子から机へと体重を掛ける先を移動させて仗助の手に触れる。
「……うん」
 すぐに握り返された、その手はペットボトルについていた水滴に濡れていた。

「……暑いな」
 ぬるくなった水の感触が気持ち悪い気がして、それでも手を離す気にはならない。仗助自身が熱を発している気もしている。けれど机越しにでもこうして近づいて、人の熱を感じない季節なんてきっとどこにもないだろう。
「っスねぇ」
 若さの権現にすら思える仗助の屈託ない笑顔を見ると真夏の太陽みたいだ、なんて酷く陳腐な想像が頭を過ぎる。
「クーラーつけてても、夏は夏っスね」
 言われて、そういえばさっきはクーラのことを考えていたんだったと今更思い出した。騒音と冷たい風に混じった水っぽいにおいが少しだけ不快だった。

「それ、美味いか」
 また、仗助が手元のペットボトルを口に運んだ。炭酸水のキラキラした反射や刺激の強さは何となしにひと夏の青春を連想させる。仗助がぼくで履き潰している青春の長さはひと夏で済むんだろうか。
「へ?これ?飲む?」
 きっと口に出せば怒るだろう勝手な妄想に気付きもせず、ペットボトルを差し出す仗助の屈託のなさがやはり嬉しかった。
「ああ」
 ペットボトルを受け取らないまま顔を近づけて驚く間もない仗助の唇に噛みつく。

 気の抜けたサイダーの味は、馬鹿みたいに甘かった。



 2013/07/18 


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