就きましては   仗露



 昔彼女が居たということを、露伴に告げてみた。露伴は時が止まったみたいに、おれを見つめて押し黙った。
 ベッドの上で互いの衣服を剥ぎ取った直後だ、タイミングの悪さは自分でも充分に理解できた。
「仗助……なんでそれを今、ぼくに言うんだ?」
 案の定露伴は訝しげを通り越した、もはや可哀そうなものを見る目でこちらに問い掛けた。首に回された両腕がするりと解けて、キスする寸前だったお互いの唇の距離も離れた。
「なんつーか、……衝動的に?」
「なんで疑問形なんだ、このスカタン」
 露伴が探るように顔を傾けたので、ヘアバンドをしていない髪が真っ白な枕に触れて音を立てた。
「わかんねーっス。露伴の目見てたら、なんか、そういうことを隠してるのって、スゲー失礼な気がしてきて」
 露伴の目は、正に口ほどに物を言う。好奇心が抑えられない時、楽しくて仕方ない時の彼の瞳の輝き方は尋常ではない。本気で怒らせてしまった時とからかい半分で喧嘩を売る時、全く違う色を帯びているのも確かに知っている。
 今日、期待に満ちて愛撫を求める瞳を見ていてどうにもたまらなくなった。露伴がおれのすべてを求めてくれている、そう感じてしまったのだ。

「ガキが……そういうのはむしろ、言わないのがマナーだぜ」
 露伴は戦意喪失したらしく、脱がせたばかりの上着に手を伸ばした。慌ててその手首を掴み、制止する。
「悪かったよ。もー言わねえからさぁ」
「別に言ったっていいぜ。その代わりぼくも言うけどな」
 ニヤリと笑って、露伴は起こしかけた上半身を再びシーツに沈めた。泊まらず帰れと言われずに済んだので少しホッとしたが、からかうような露伴の視線で居心地が悪くなる。
「いいっスよぉ〜露伴は言わなくったって……」
 言わずとも、普段の手慣れた調子を見れば露伴が経験豊かなのは明らかだ。純愛派のおれとしては複雑なところだが、男相手は露伴が初めてだ。彼の経験によるリードがなければ、もっとガキくさい抱き方しかおれはできなかっただろう。
「聞きたかないってか?ホントにガキだなあおまえは」
 そう言いながらも、嬉しくてたまらないって顔をして露伴がおれの顔をぐりぐりと両手で撫でてくる。ついでに少しリーゼントに指先がかすって、パラリと視界に髪がかかった。
「あんまガキガキ言わねーでくださいよォ〜……ガキだからマジで拗ねちまうぜ」
 唇を尖らせると、まだ嬉しそうな露伴が不意打ちで触れるだけのキスをしてきた。随分前に露伴が言っていた『エロい唇しやがって』という言葉が不意に浮かんで、ほのかに欲情する。
「全部を馬鹿にしてるってわけじゃあないぜ。最近おまえのガキっぽさが可愛くてたまらないんだ」
「可愛いって……」
 露伴がそんなことを言うのは珍しいが、可愛いと言われても男の自分は素直に喜べない。露伴だって可愛いと言うと少し怒るくせに、ちょっとずるい。

「女が居たとか素直に言っちまうなんて、若くて可愛いから許せるようなもんだ」
 ニヤニヤ笑いのまま、露伴が再び腕を首に回してくる。どうやら戦意は復活したらしい。
「それにおまえがこの先男しか知らずに過ごすっていうのは、ちょっと可哀そうだからな」
 女を先に経験しておいて良かったじゃないかとまで言われて、やっぱり馬鹿にしていると答えかける。答えかけて、その言葉の熱烈具合に気付いた。
「露伴……スゲー今、グッときたっス」
 この先俺に女を経験させる気が、露伴にはない。つまりそれって、一生離さないって言ってるようなもんだろ。
「それなら、せいぜいぼくに捨てられないようにちゃんと相手しろよ」
 次萎えさせたら今日はもうしないからな、と、余裕の顔のままで露伴が続ける。やっぱり露伴の方がおれよりずっと大人で、ずるくて、駆け引きも超得意だ。
「……おれ、マジに頑張るっス」
「ん、そうしろ」

 シーツの海に二人で沈みながら、自分が露伴と釣り合うくらい大人になれるのか思案する。結構時間がかかりそうだ、露伴をずっと待たせちまうかもしれない。けど露伴は、それで良いって思ってくれてるみたいだ。
 ――就きましては、それまでガキのおれにお付き合いください。今おれにできる最大限大人な対応は、多分こんなところだろう。



 2012/12/×× 


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