敬称略   承仗露



「承太郎」
 嗚呼、しまった。
「……さん」
 後から付け足してみてももう遅い。正面の空条承太郎からも隣の東方仗助からもまじまじと見つめられている気がして、嫌な汗が噴き出してきた。
 だってしょうがないじゃないか、普段頭ん中では誰のことも大抵呼び捨てにしてるんだから。

 二人が何も言わないので、思わずティーカップを両手で持ったまま俯いてしまう。
 そもそもぼくを置いて康一くんが颯爽と塾に行ってしまったのが悪いんだ。康一くんが同席を申し入れて来なければぼくだって一人でのんびりお茶していたはずなんだ。こんな往来に面したカフェで、しかも二対一でティータイムを過ごすなんて全然趣味じゃないんだ。
 何が嫌かって、この二人が明らかに身内で、そして確実に親しいってことに尽きる。はっきり言ってぼくが居ない方が話が円滑だろうに、承太郎が何を思ったか康一くんと一緒に席を立とうとしたぼくを『仕事が終わって暇なんだろう』なんて引き留めたのが悪い。それを聞いてギョッとした仗助も悪い。仗助の反応にイラついてわざと『じゃあ、もう少し』なんて席に座りなおしたぼくも、まあそこそこ悪いかもしれない。

「気にしなくても良い」
 いっそ億泰や由花子でも良いから通りかかってくれないかと心の中で願っているとようやく承太郎がフォローを返してきたけれど、たっぷり数分黙り込んでしまった後では正直逆効果だ。適当に別の話題でも出してくれればぼくだってそれに合わせたのに。また仗助がどうしたものか判断つかない、と言いたげな表情をして腹が立ってくる。ぼくの方がどうすりゃいいかわからないっていうのに。

「……別にさん付けしなくても構わない」
 けれど承太郎が妙なことを言ってくれたおかげで、その苛立ちもどこかにすっぽ抜けていった。
「は?」
「なっ」
 ぼくが思わず口を半開きにさせるのとほとんど同時に、仗助も驚きに満ちた素っ頓狂な声を上げた。それを見て承太郎が少しニヤッと笑ったので、ぼくは困惑を隠せない。
「仗助くらいのガキに言われるならプッツンくるが」
 言いながら、チラリと承太郎が仗助を見る。まるで気を引き締める様に首を引いて姿勢を正す仗助の方も、まるで何のことかわかっていないって顔をしていた。
「二十歳を越えちまえば……もう大して変わらん」
 そのまま流れる様にぼくの方に視線を向けられ、思わずぼくも背筋を伸ばしてしまう。血縁故なんだろう、目に独特の似た強さを帯びているところも、この二人を同時に相手していて萎縮する一つの理由だった。

「い、いや、承太郎さんってお呼びしますよ……」
 どう反応すれば正解なのか正直わからないけれど、少なくとも『じゃあ承太郎って呼びますね』と言う気だけは起きない。確かに大人同士とは言え、貫録のある承太郎に比べてぼくなんてようやく堂々と酒が飲めるようになったひよっこだ。認めるのは癪だけど。
「そ、そうっスよ!二人ともずるいっス!」
 ようやくハッと気を取り戻した様に仗助も抗議を口にする。『二人とも』って言うのは何だか妙な言い草だけれど、大人にハブにされ子ども扱いされるのがそんなに嫌なんだろうか。ぼくの方にしたって叔父と甥の仲良いじゃれ合いの口実に使われた気分になっているのに。段々また苛立ってきた。

「代わりにおれも、先生呼びを止めようか」
 ぼくも仗助も不服を唱えているのに、それを無視してまた承太郎がニヤリと小さく笑った。そこでようやく気付く。この男、ぼくたちをからかって遊んでるだけだ。
「だから、良いですって!」
 思わず立ち上がって叫ぶと、勢い余って椅子が後ろに倒れた。何だ、今日は厄日なのか。
「ろ、露伴」
 仗助は周りの客に注目されるのが嫌らしくまた戸惑った様に服の裾を引っ張ってくる。
「おまえは先生をつけろ!」
 それがまたムカつく。この二人にぼくを苛立たせる天性の才があると言われても今なら信じそうだ。

 紅茶はまだ残っているけれどこれ以上からかわれるのも癪で、伝票を机の上からかすめ取る。かすめ取ったと思ったのだけれど。どういうわけか、気付くと承太郎が伝票を手中に収めていた。
「こういうのは年長者が払うもんだ」
 成る程、この程度のことにスタンドを使ったのか、この男。
 ニッと笑う承太郎と、どっちに加勢したものかと言いたげな仗助の顔。もう言い様もないほどなんだけれど、あえて彼ら風に言うなら『プッツン』きてる。

「二十歳越えたら変わんないって、言ったのはあんたでしょう!?」
 ……嗚呼クソッ、今度は『あんた』をからかわれそうだ。



 2013/07/08 


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