一部分   承露



 承太郎を家に出迎えておきながら、露伴はまた仕事場に踵を返した。
「すみません、ちょっと待たせます」
 露伴が階段を上りながら、空中に右手で何かを描く様な仕草をして見せる。一瞬承太郎はスタンドでも使われたのかと面食らったが、単純に仕事の途中なのだろうとすぐ勘付いた。
「漫画か」
 居間で待つか逡巡して、承太郎も階段を上る。それを見て、露伴も仕事場のドアを開けたまま部屋に入った。

「そっちを優先するのか」
 机に着いた露伴に、少し嫌味な口調で承太郎が言った。露伴はそれを聞いて少し困った様に笑ったが、描き始めた手は止めない。
「何と言っても、これで食ってるわけですから」
 このページで最後だからと、少し身体を避けて覗き込んでくる承太郎に原稿を見せる。主線も終わっていて、露伴ならものの数分で仕上げられる。露伴は、たったこれだけの仕事を残しておくより仕事の終わった爽快な気持ちを得て、それから改めて承太郎の相手をしたいと考えていた。

「おれが養ってやっても良いぜ」
 しかし、承太郎が妙なことを言うせいで思わず手が止まった。
「はぁ?」
 椅子を回して振り返ると、承太郎が少し不機嫌そうにしているのが露伴にも見て取れた。
 確かに、恋人を構おうとせずに仕事を優先するのはマズイのかもと、露伴も申し訳ない気持ちにもなった。けれど、良い大人が拗ねて、どうしようもない人だとも思う。そしてそれが可愛い人じゃないか、とも。

「ぼくに漫画を捨てて欲しいんですか?」
 だからあえて、酷く真面目な態度で露伴は言葉を返した。その様子に承太郎の方も少し、表情を改めた。
「……いや」
 しばらく考える風に、承太郎は露伴を見つめていた。やがて頭を振って、自分が拗ねたことを少し恥じた。
「捨てちまったら、おれ好みのあんたじゃなくなりそうだ」
 嫉妬しないわけでもねぇがな、と軽く自嘲する様に言う。それを聞いていた露伴は、やはりしばらく考える風に承太郎を見つめて黙っていた。
「どうした」
 気恥ずかしさを誤魔化す様に、承太郎は露伴の髪をぐしゃりと撫でる。
「いえ。何だか嬉しくって」
 くすぐったそうにして、露伴は笑った。

 また机の方を向いて描きはじめた露伴が、しかしすぐに自ら手を止めて、邪魔しない様に控えめに背後から覗いて承太郎を振り返った。
「……ファンレター」
「ん?」
 露伴は机の引き出しをガサガサと漁り、いくつかの古ぼけた封筒やはがきを取り出した。
「承太郎さんの為に捨てられる物って言ったらそれかなって」
 右手や、脳や眼。漫画を描くのに必要な物、そして漫画を描くこと自体を捨てることが今の露伴には出来ない。優先順位に並べた時、承太郎と引き換えに出来る物として浮かんだのがこれだった。
「どっちにしたって紙程度か」
 苦笑した承太郎に、露伴もほんの少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「大切だったんですよ、それが」

 手元の封筒を開く。こんな便箋だったろうかと、久しぶりに見てようやく薄ら印刷された花の模様に気付く。他愛のない、それこそ今も絶えず編集部に届くファンレターと変わりのない、賞賛だったり非難だったり、そんな内容が書かれている。
「デビューしたてで初めて貰ったやつで、本当に、ずっと捨てられなくて」
 目を滑らせて、やはりこんな内容だったかと自分の物覚えの悪さに驚く。承太郎にも読めるよう便箋を傾けたまま、露伴はまた少し笑った。

「描いている時の冷えた高みと、読んで貰えたと知ったあの幸福感」
 内容が何であっても露伴自身は構わなかった。ただ読んで貰う為に描いた漫画が、確かにどこかの誰かに、読者の元に確かに届いた証拠。
「……あれが、ぼくの全てだった」
 ファンレターという証拠。それが届いただけで、露伴にとっては十分だった。

「そうか」
 覗き込む為に曲げていた腰を承太郎は伸ばす。
「なら、そいつは大切にしまっとけ」
 そう言って手紙を指差した承太郎に、露伴は一瞬考えるそぶりをした。それからすぐ、足元のゴミ箱に手紙を優しく落とした。

「でも今は」
 露伴が顔を上げると、承太郎は驚いた様に少し目を見開いている。
「あんたもぼくの一部だ」
 それを見て露伴は、また笑って見せた。

「……そうか」
 帽子のつばで顔を隠す様にした承太郎の、その動作を無視して露伴は下から覗き込む。
「承太郎さん、結構表情変わりますよね」
 何だかすごく嬉しそう、と。
 付け加えた露伴の、その顔もやはり承太郎と同じく綻んでいた。

「空いた引き出しのスペースには、あなたの写真でも入れとこうかな」



 2013/07/04 


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