生育つ   仗露



 隣を歩く仗助の歩調がどうもいつもと違うと、露伴も駅前で落ち合ってすぐに気付いた。
 しばらく言及せずに歩いていたが、時折嫌そうに唇を突き出して靴の中敷きでも調節する様に、仗助は地面に靴を擦りつけて歩く。段々にそれが鬱陶しく見えてきて、露伴はその足を止めた。

「靴擦れか?」
 露伴に足元を指差されて、仗助は咎められた時するみたいな困った様な顔をして、いや……と少し口ごもった。
「最近、靴がキツくってよぉ」
 言いながら、また仗助は靴の裏を道路に擦り付けて爪先の位置を調節した。今日履いていたのはそこそこに値が張った革靴で、ようやく使い込んだ風合いが出てきた物だった。

「……この期に及んでまだでかくなる気かよ」
 その革靴に、露伴は砂でもかける様に地面を蹴る。忌々しげな口調になったのは、つい先月も身長が伸びたことを自慢げに報告されたのを思い出した、その影響も多少あった。
「好きででけぇわけじゃねぇっスよ」
 仗助は慌てて足を引っ込める。使い込んでいると言っても履き潰すつもりは勿論なく、慎重に履き丁寧に手入れをしてきていた。だからこそ、履き心地が悪くなったのを仗助も惜しんだ。

「ストレッチっつーの?靴のサイズ調整するやつ、近場に良い店ないッスかねぇ」
 前は靴のムカデ屋でもやってたんだけど、と。その店がある方向を向いて、少し寂しそうに仗助が呟いた。
「気に入ってた靴が履けなくなるのは嫌なんだよなぁ」
 けれどすぐに、いつもの愛想の良い笑顔に戻って、靴の踵をコツコツと道路の上で鳴らした。
「ガキのクセに良い靴ばっかり履いてるからバチが当たったのさ」
 そんな仗助の調子に合わせて、露伴もいつも通りの嫌味を投げる。仗助の視線の方向は、あえて見ようとしなかった。
「良いっスねぇ〜先生はもう横にぐらいしかでかくなんなくて」
 それが何となしに嬉しく感じた。嫌味に嫌味で返しながらも、仗助は幸いな心境で露伴の方に向き直った。
「……なんだと仗助」
 けれど露伴の目つきが仇でも見つめる様に剣呑になった。太るだのガリガリだのが露伴には高校の女子と同じくらい禁句だったのを仗助もようやく思い出す。
「あっごめんゴメンってスタンドしまえって」
 ジリッ、と一歩近づいた露伴に思わず気圧され、仗助は笑顔のまま冷や汗をかいた。露伴はその様子で少しは気が晴れたらしく、案外素直にスタンドを引っ込めた。

「縦にも横にも伸びてる奴に言われるのは心外だね」
 脛を軽く蹴られたのを、仗助は甘んじて受け入れた。
「服はまだ仕方ねぇかなって思ってるんスけどねぇ」
 仗助は困った様に笑って、Tシャツを摘まんで引っ張って見せる。露伴にしてみれば、自分はおそらく高校時代の服も未だすんなり着れるはずで、また少しイラッときた。
「次に学ラン入んなくなったら自腹ってお袋に脅されてるんスよ」
「ハッ、若いってことだな。羨ましいぜ高校生」
 露伴は鼻で笑ってざまあみろ、と皮肉る。それを見て仗助はまた少し寂しそうに、そして拗ねた時の様に唇を尖らせた。

「……そんなにでかくなるの、気に食わねぇ?」
 仗助の背中が丸められていることに露伴も気づく。露伴の視線の高さにわざわざ合わせていた。
「あんたのつむじしか見えねーの、おれだってヤダよ」
 縮こまった姿勢が、余計に仗助を哀れに見せる。しばらく露伴は、戸惑ったまま口を結んでいた。

「……好きででかくなってんじゃないんだろう?」
 大の男がそんなしょぼくれた顔するなよ、と。視線をそらしながら、露伴が仗助の頬を緩く抓った。
 それだけで、仗助は嬉しそうに表情を変えた。

「成長止まったらすぐ先生に報告するっスよ」
 歩き出した仗助はまだ履き心地が悪そうに可笑しな歩き方をしていた。それでもいつも通り、露伴の歩く速度に合わせるのは忘れていない。
「そん時はお祝いに、オーダーメイドの靴でも作ってやるよ」
 露伴はまだ嫌味の様な口調で言う。仗助はそれを聞いて、声を立てて笑った。
「それってお祝いなんスかねぇ」



 2013/07/02 


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