悪天候   承露



 引っ越して来た頃からの習慣で、テレビで天気予報を見るとつい東京とS市、両方を確認してしまう。
 元々祖母の家もあったし、住んでいたことは親から聞かされていた。それでもいざS市に移り住んでみると、東京の天気を最初に確認するクセがどうにも抜けない。今も両親は東京に住んでいるから、たまに電話なんかでそっちは雨だのこっちは晴れだの、話題に出すことがそれなりにあった。

「そっちは天気、悪いみたいですね」
 そんな中で、また一つ天気予報を確認してしまう場所が増えた。
「ああ、先週から毎日ぐずついてる」
 電話越しに承太郎さんが窓を開けたようで、物音と、それから微かな雨音が聞こえてくる。

 全国版の天気予報では、東京は勿論S市も大抵天気を教えてくれる。杜王町まで細かく知るには地方のニュースが一番手っ取り早いが、全国版なら大抵、海外の主要都市の天気もおまけみたいに放送してくれた。
「杜王は毎日快晴ですよ」
 毎日の日課で天気予報を見る内、承太郎さんの暮らす州の天気が東京と杜王町の次に気にかかるようになった。そして両親にそうする様に、彼に電話をする度天気の話題が出るようにもなった。
「羨ましいな」
 承太郎さんの声が電話を通してでも、本当に羨ましそうな調子になったのがわかる。確かに天気予報で見る限り、先週どころか先々週くらいからアメリカは雨続きだ。その上竜巻の注意報まで発令されている。
「竜巻とか、やっぱりすごいんですか」
 ここ数年、アメリカの大型竜巻のニュースをよく聞く気がする。日本でも発生することはするけれど、どうもアメリカの物との規模の差は比べ物にならない様に思えた。
「先生が想像してるより、きっとずっとすごいだろうな」
 承太郎さんが竜巻に遭遇したならきっと既に話を聞いているだろうから、通過の跡でも見たのかもしれない。それだって、自然災害として人死が出る恐ろしい爪痕ではあるんだろうけれど。
「へぇ。実際に見てみたいなぁ」
「それは止めとけ」
 承太郎さんが低い声で少しだけ笑った。電話越しなのが勿体ないくらい格好良い笑い声だ。何ならずっと聞いて居たいくらいだけれど、そうだ、と承太郎さんが急に何か思い出したように笑うのを止めてしまった。

「週末、東京に行く」
「えっ」
 そういえば珍しく今日の電話は承太郎さんの方から掛かってきた。何か用事があるのかとは薄ら思っていたけれど、そんな重要なことなら能天気な話をしている場合じゃあなかった。
「お会いできるんです?」
 自分でも声が浮かれているのがわかる。最後に会ってから結構経っているんだから、もう仕方ない。
「ああ。前日入りの予定だから、金曜になら」
 学会関係だろうか、それとも財団の支部での仕事だろうか。もっとも細かいことなんて、実際に会えるのならその時に訊ねれば良いんだ。
「じゃあ、楽しみにしてます。時間って決まってます?」
 こういう時、自由の効く仕事をしていて良かったとつくづく思う。どんなに限られた時間しかなくってもぼくが合わせれば最大限一緒に居られる。というか、本気で恋しくなったらぼくがアメリカに行くことだって可能だ。
「一応決まってはいるんだが」
 けれど浮かれたぼくの機嫌に水を差す様に、承太郎さんの口調の雲行きが怪しくなった。

「……天候によっては飛行機が飛ばないかもしれない」
「……それは、嫌ですねぇ」
 だからさっきの天気の話題で思い出したんだろうなぁと納得した。何と言っても竜巻の注意報が出る様な時期だ。天気を操れるスタンドくらいありそうなもんだけれど、生憎ぼくの知り合いの中には居なかった。

「一応、細かい時間は後からメールしておく」
 もし予定が変わったらまた連絡する、と付け加えた承太郎さんの声は何となく、申し訳なさそうに聞こえる。別に承太郎さんが悪いわけでもないだろうに。
「わかりました。お会いできるよう、祈ってます」
 けれど自分の声が随分落胆した様に沈んでしまったのもわかる。子供みたいで、少し気恥ずかしい。
「そうしてくれ」

 いくらかまた言葉を交わした後、後ろ髪を引かれつつ通話を終えた。消音にしていたテレビの音を戻すと丁度天気予報が始まった。思わずまた東京、S市、アメリカの順で確認してしまう。

 けれど気が滅入ることに、週末はS市までもが雨模様に変わっていた。



 2013/06/29 


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