答え合わせ   承露



 彼の奥さんに会ったら言ってやりたい事がまたいくつか増えた。『貴女が一番不憫だけれど、ぼくも大概不憫ですよ』とか、『浮気って最低ですね』とか。
 まさかとは思うけれどもしかして悪い夢なんじゃないかと思って。一度だけ、長い瞬きをした。それでもやはり目の前には知らない女が裸で眠っていて、承太郎さんは真横でマズいと言いたげに黙りこくってる。嗚呼本当に、最低。

「……承太郎さん」
 窺う様にこちらを見た承太郎さんにスタンドを仕掛ける。本になって倒れ込んだ承太郎さんを、苛立ったまま爪先で小突いた。
 今まで一度も使っていなかった、ぼくの最終兵器をついに彼に使ってしまった。想像していた以上に女々しいと感じるし、酷く惨めだった。

「最低、最低だよ承太郎さん」
 肩の辺りを踏みつけたせいで、黒いタートルネックの服に薄らと土色をした靴底の跡が残った。いい気味だと思う。
 奥さんという者がありがながらぼくと不倫した上に、今度は別の女に浮気だなんて最低中の最低だ。それも隠そうとすらせずに、その女が堂々と寝ている室内に迎え入れてくれるだなんて。
 けれど、故意に見せつけられたとしたら。そう脳裏に浮かんで、酷くまた惨めになってくる。
「……愛されてると、思ったんだけどなぁ」
 独り言がホテルの室内でやけに響く。本になった承太郎さんは兎も角、こんなに物音を立てているのに目覚めもしない女なんて相当に図太いぞ。承太郎さんもよくもこんな女と寝る気になったモンだ、それとも健気ぶってるぼくに嫌気がさしたのか。嗚呼、本当に、もう。
「馬鹿野郎ッ」
 また爪先で蹴ってみるけれど、昏睡している承太郎さんは勿論起きない。最強の男のクセに簡単にぼくなんかのスタンドを受けやがって。

 出来事を誤魔化す様に咄嗟に本にしてしまったけれど、実際誤魔化したかったのは承太郎さんの方かもしれない。なんならぼくがスタンドを使うよりもっと早く時を止めて女を窓の外にでも放り投げて、さも見間違いでもした様に見せかけてくれていれば良かったのに。さっきから何度蹴ってみても全く気が晴れそうにない。
 気持ちを落ち着けようとして、何となく部屋の中をうろうろと歩き回る。酒と女物の香水と、それから性の匂いが充満していて、胃の辺りに違和感すら感じてきた。いい加減どうしようもないんだと自分を納得させてしまうしかない。本にした以上、どうせ読まずに居られる性質でもないんだ。

 膝と手をついて覗き込むと承太郎さんは死んだみたいに細い息だけをしている。
「……読んじゃうよ、承太郎さん」
 相手に届いていないとは思いつつ、先に裏切ったのは承太郎さんの方だから良いよねと、馬鹿みたいな弁明をしてページを捲った。それでもやっぱり怖いから、前の方は見ないように気を付けながら昨晩の記憶のページを探して開く。やっぱり胃の辺りが痛む気がして、空いた左手で腹を押さえ込んだ。

 酔っぱらった人間の思考パターンは中々読みづらい。それは本になっていても同じで、むしろ文章の体裁を保とうとしているせいで余計わけがわからない。それでも読んでいけば、承太郎さんが酔った勢いで相手がどんな顔かどんな女なのかよく知りもせず寝たんだということが何とか理解できた。
 一度読む手を止めて、深呼吸だか溜息だか判別できない息を吐いた。
 この場合ぼくは喜んで良いんだろうか、それとも怒った方が良いんだろうか。この女と寝たのは遊び以下だったんですねなんて言ってしまうのは女々しすぎて本気でぼく自身も嫌だし、ぼくというものがありながら、なんて言うには奥さんの存在がでかすぎる。
 
 ぼくにスタンドを掛けられるその瞬間の彼の思考ははっきり書かれている。『怒らせてしまっただろうか』だなんて、そりゃ怒るに決まってるだろうに。承太郎さんもそこそこ女々しい。
 手を擦り合わせるとびっくりするぐらい指先が冷え切っていた。何となく、自分の顔色の悪さも想像できた。
「記憶、……弄っちゃいますよ?」
 また、届かない声を掛ける。『世界中の他の全ての事を忘れてぼくだけのことを知っている』なんて書いてしまいたいけれど、それもやっぱり、ぼくが惨め過ぎる。


 起き上がった承太郎さんはまだ気まずそうに、けれどスタンドを解かれた後特有のぼんやりした表情のままでいる。何も言わずに今度は女を本にして、一晩の事を忘れすぐに家に帰るよう書き込んだ。

「良いんですよ、承太郎さん」
 女の背中を見送って彼を振り向く。彼はまだ俯いていた。
「顔を上げて」
 そう言っても、彼は顔を上げようとしない。『スタンドを使われたことを忘れる』とだけ書き込んだから、ぼくが散々蹴ったり踏んだりしたことも忘れてるはずなんだけれど。

「……ぼくは怒ってないんです」
 記憶を弄ってしまったお詫びに、怒られるのを怖がっていた様なのでそう嘘を吐いてあげる。

 それでもやはり、彼は顔を上げなかった。



 2013/06/22 


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