間違い探し   承露



 不倫をしている身でありながら、更に浮気を重ねるというのは果たして不貞に当たるのだろうか。

「良いんですよ、承太郎さん」
 顔を上げて、と、露伴はそう促した。その声はもはや憐憫さえ感じさせるほど優し過ぎた。

「ぼくは怒ってないんです」
 怒られた方がマシだと思いながら、自分は顔を上げることができずに居る。

 自分は妻をアメリカに残して来ながら、目の前の男と不倫をしている。
 それだけでも他人からすれば十分責められる要素に違いない。だというのに、昨晩は更に間違いを重ねてしまった。酔っていたせいだという言い訳は最低だが、そうでもなければ恐らく防げたはずの間違い。ホテルのバーに居合わせただけの、行きずりの女と寝るなどという、最低な間違い。
 自分は二日酔いの頭で隣に寝ている女にも気が行かず、明朝訪れた露伴をそのまま迎え入れ、結果全てを知られてしまった。

「むしろ、安心してるんです」
 露伴の言葉に驚いて、思わず顔を上げた。
 ベッドの上に転がる女に気付いた瞬間、彼が激昂しても可笑しくないと内心冷や汗モノだった。しかし露伴は最初少し驚いたきりで、すぐ女に何か書き込んで出て行かせた。そしてそこからは、むしろ優しいほどの態度をこちらに取り続けていた。
「だって、あんたがしなけりゃ、多分、いつかぼくがやってた」

 元々束縛されるのは苦手だし、なんて付け加える露伴の表情は、声の優しさに比べるとやけに暗い。
「正直、いつ浮気心が出るか不安だったんだ」
 血の気の引いた顔色のまま笑うが、見ていて酷く痛々しかった。
「……おい」
 そうさせているのが自分だと思うと、更に痛切に感じる。
「だから別に、これからも……勝手にしてくれて良いよ、承太郎さん」
 ぼくも、勝手にするから。
 冷たい宣告をした露伴の、その瞳が感情を滲ませて揺れたのを目撃してしまった。

「……露伴」
 言葉を探せば探すほど、自分がいかに最低が思い知る。
「自分でもふざけたことを言うなとは思うんだが……おれはおまえが勝手するのは、正直腹が立つ」
 泣き出しそうだった、露伴のその双眸が見開かれた。

「……承太郎さん」
 ほんの数秒、泣くのを堪える様に露伴は口をへの字に曲げていた。
「本当に、ふざけんなって感じですね」
 けれど、やがて肩の力を抜いて、少し笑った。
「……すまん」
 無理に作った様にしか見えない笑顔を目の当たりにして、すまんどころじゃないと内心で自分を責める。いっそ露伴がもっとはっきり責めてくれれば良かったと、また最低な考えが脳裏を過ぎった。
「うん、本当に」
 露伴は、少し疲れた様な笑みを止めなかった。

「でも、また何だか少し安心しました」
 急に手を握られて、そのまま捻られるんじゃないかと一瞬不安になる。勿論されたって仕方ないし、こんな勝手なことを考えるの自体そもそもお門違いだろうが。
「あんたの独占欲を駆り立てる程度に、ぼくって愛されてたんですね」
 露伴が腕を回してきたのに自分も答える。気の抜けたような声に、自分も少し安心した。同時に、申し訳なさと愛しさが綯い交ぜになって胸が痛む。
 許し乞おうとは思わない。いっそ根に持つなり何なりして、責め続けて欲しい。露伴が自分のモノで居てくれるのなら、それで良いとさえ思えた。

「嫌ですね、不倫なんて」
 腕の中で、表情の見えないままポツリと露伴が呟いた。

「もう、何が正しいのか……ぼく、わかんないや」



 2013/06/21 →答え合わせ


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